一年後の医学部受験を目指している生徒がいる。

まだ人物を測りかねていたのだが、

昨日ある本を貸し与えた。

もう絶版となっているのだが

講談社現代新書の『野口英世』(築波常治著)で

私が浪人時代に仙台の図書館で借りて読んだものである。

従前の道徳的野口像を否定して実像に迫ったもので

著者も書いているように実像こそいっそう魅力的な野口英世を

興奮を以て読んだ記憶がある。

その後買い求めて自分の蔵書にしようと思った時には

もう絶版で手に入らず、諦めていたところ

たまたま5年前に早稲田の古書店で見つけて

小躍りして買い求めたものであった。

さて何となく覇気が感じられないこの生徒に読ませて

果たして効果があるだろうか、

時代も違えば、育ちも全然違う、現代っ子都会っ子の彼に響くだろうか・・・、

迷いながら

「読み始めて面白くなかったら途中で返してくれていいよ。」と言い含めて

昨日午後の授業が終わったときに手渡した。

すると今日いつになく上気した面持ちで私のところへ

「先生、全部読みました!」と持ってきた。

「え、もう読んだのか?」

「最初の方だけ少し読んでみようと読みだしたら止まらなくなって

昨日中に一気に読んでしまいました。」

「そうか、面白かったか?」

「いやあ、これを読んだら勉強しないわけにはいかなくなります。」

私がはじめてみる彼のやる気に満ちた笑顔であった。

本にはこれほど人を変える力があるのだなあと

改めてその素晴らしさを思いなおしたことである。

もちろん長続きさせるのは難しいが

変化の大きな一歩であることには違いない。

しばらく、本の内容についてあれこれ楽しく会話したあと

「モチベーションが下がったとき、また貸してあげるよ。」

「はい!」という笑顔が明るかった。