平均点の情報は判断価値なし
毎年、指摘していることですが、新聞やネットでは、平均点がどうのこうのとか、難化しただの例年並みだの・・・という情報しかありません。そんなの数値を見れば一般人でもわかります。
しかし、国公立難関大・医学部を目指す人にとってはその程度のことでは何の役にも立ちません。受験生全体の平均など薄まった情報です。大事なことは、競争する相手、ライバルとなる集団がどうなのかという視点です。例によって、駿台から得点分布グラフが公開されましたので、これを見ながら、平均点では語れない、分からないデータの読み取りをすることにしましょう。
[https://dn-sundai.benesse.ne.jp/dn/center/doukou/dl/2023-dn-gaikyo-05.pdf より]
今回、喧しき物議ありの生物からです。平均点は約40点です。グラフを見ると、
・平均点より、ピーク値が低い方にあります。
・今回は大体68点以上取ると全体の10%という上位層に入ります。
・一昨年から比較すると「極めて難しくなった」ため、上位層が大きく削られています。そして今年はさらにその層か削られて(ミドリの部分)、80点以上は‘希少保護種’のようになっています*。
(*概算すると70点以上で全体の7%ほど。生物受験者が6万人弱ですから4000人いるかいないかです。ザクっというと、東大+京大の理系定員は3800人ほどですから、そのレベルの問題と格闘していないと到達できない境地だということです。)
要するに、ここ三年の共通テストで、‘三段跳び’まがいに難しくなり、上位層でも歯が立たないような問題ばかり出していることがわかります。
なぜ難化??
これがなぜかについては、二つの可能性があります。
<仮説1> 無作為・無能説 「出題者担当チームが受験生の実力や高校の現場を知らず、かつ、6問併せるとどれくらいの平均点になるのかが予め把握できない。初年度の2020年が易しすぎたという反省からその反動で21年、22年と気合が入りすぎた。つまり、難易度や平均点を統括するリーダーが不在である。」という説。
<仮説2> 作為的・政策説 「物理選択者を増やし、生物選択者を減らしたい、という意図のもとに物理を易しく、生物を難しくした」という説。
でも、<仮説2>は無理があります。共通テスト初年度の2020年が易しかったときのコメントとして、「生物選択者がだんだんと減っていて物理の1/3になってきていて高校の現場が困っている。物理と生物選択者の割合を健全にするため、生物をとっつきやすいものにしているのではないか」・・・という仮説を出しておきましたが、ここ2年分の生物難化を見ると、そんな文部行政的意図はなかったというべきです。
理科科目選択は化学が共通で18万人受験、物理15万人と生物6万人との二者択一になりますから、今年の物理のように90点続出の易しい問題セットを出すという事実は、どうも上の説と矛盾します。
・・・とするとどんな作為があるのか??? いや、まあ、やっぱり、個々の問題づくりのスキルはありますが、それを調整するスキルがない、というのが妥当ではないでしょうか。
今年の生物の6問を見ると、
1.バクテリア/DNA 2.ヒト・サル/遺伝子 3.植物/光合成
4.植物/窒素固定 5.ショウジョウバエ/遺伝子 6.魚/生態
となっており個々別々の研究分野であり、それぞれの専門家に問題づくりはお任せなのでしょう。
現実のところ、この全分野に精通して意見を出せて、かつ、受験界にも精通していて、難易度を調整できる大生物学者はそうそういないものです。(仮に、そんな大科学者がいたとしても、入試問題作りに関わるとは思えませんし・・・)
だから、それぞれが持ち寄った問題を足し算して、あとは蓋を開けてみないと分からない、という程度のことだと思います。
・・・もしかすると、来年の生物は今年の批判と反省から(数学のように)反動で易化するやもしれませんが、その可能性は低いかな、このままじゃないかなと思っています。
いやいや、良問集合だよ
というのは、問題づくりをトータルで眺めて見ると、生物の問題は6問とも「実験・観察→データ解析→その解釈・議論」というスタイルで一貫しています。
「思考力をみる共通テスト」という看板があり、理科科目ではその中身として「実験・観察+データ解析+推論」にしていることは明らかです。
実は、このコンセプトに一番ハマるのが生物なのです。そういうネタは、生物ならバクテリアから高等生物(しかも、動物も植物もある)まで、それこそいくらでもあります。ネタには事欠かないはずです。だから、この看板を掲げ、かつ、各分野の研究者に縦割りで作成を委ねる限り、生物は昨年や今年のようなスタイルの問題になる可能性が高いと思うわけです。
もっとも、このスタイルは科学としての生物研究生物では、当たり前のことであり、まっとうなこと、研究者が普通にやっていることです。問題を見ると、そういう専門研究者としての気概を感じる良問です。このままでも難関私立医学部の一次試験にしても遜色ないですし、この中から任意に三問選んで記述式に改作すれば東大の問題でござい、と言い張っても良いくらいです。
私は主に物理・化学を担当していますが、(まあ一応曲がりなりにも)医学部では生物を学びましたから、全ての問題と設問を読んで、解いてみて、解説を読んで全問理解しました。さすがに植物やアユについて知識はないのですちょっと調べはしましたが、その他の遺伝子関係の話は、研究者目線のいかにも!!という問題であるし、生物学の先端ではこういう研究をしているのかが伺い知れる良問ばかりであり、医学以外の生物の話は、中々勉強になりました、個人的には「楽しかったです〜」と言えるものばかりです。
したがって、今回の生物の問題を、端的に評すると、
「難関大の二次試験・私立医学部に出しても遜色ない問題ばかり」
です。だって、70点も取れれば十分合格点なのですから。だから、ふつうの受験生(=記述式の生物の問題に苦しめられたことがない)は、手も足も出ないというか、何を言っているか、何をやればいいのかが分からなかったことと思います。
ただ、高校の現場の教師が、そういう研究者の目線、科学的分析モードで教えることができず、教科書の用語を覚えさせることでよしとする長年の教科生物の慣習から脱皮できていない、このギャップこそが問題だと思います。