ヘナチョコのマシマシ物理
辛辣な表現に聞こえるでしょうが、難関大受験のための物理を真剣に指導している身からすると、こう言わざるを得ない、言いたくなるということです。
実際、昨年の二度目の共通テスト物理の問題について、次のような趣旨のコメントをしました。
今年の物理の問題について、全体を端的に表現すると、’ flat & half ‘ です。 「フラット」というのは、全問題に難易度の起伏がなく、皆んなほぼ横並びだということです。私も順番に解いていって、・・・何も起こらず終わってしまいました。サスペンスドラマではなく、大した事件が起こらないホームドラマのごときです。 だから、設問の難易度分析は必要なく、皆グレードBです。分かっている人には時々Cレベルが混ざっているように見えるでしょう。 「ハーフ」というのは、物理の問題として中途半端、竜頭蛇尾、ということです。これは、昨年の共通テストから顕著になった傾向です。ふつうの物理入試問題を解く場合、与えられた物理現象をイメージしながら ①物理法則を適用して、②未知数を含んだ式を複数立てて、③数学的に解いて答えを出すものです。ところが、計算らしいことをするのは第4問の一部にすぎず、それ以外は、式を立てるどころか、①のイメージの部分だけて答えが出たり、法則や式を選べば済むようになっていいます。日頃からしっかりと物理の問題を解いている人からすると、良く言えば 「イメージするだけで解ける省エネ問題ばかり」であり、悪く言えば、 「不完全燃焼!! もっとちゃんと計算までやらせてよ、せっかく勉強してきたのに!」 となります。まさに、中途半端なのです。運動会で、駆けっこも騎馬戦もなく、準備体操とダンスだけで終わっちゃうようなものです。 「脱ゆとり」の後の難化の流れにあって、なんだか物理だけ一人取り残されている感が拭えません。だって、数学ではあんなにたくさんの計算を強いられるのに対して、この物理のお手軽さとはギャップがありすぎです。
これを一言でいうと「ヘナチョコの物理」となるわけですが、今年はさらにヘナチョコ度が増していると言うわけです。例によって、駿台-ベネッセさんの得点分布グラフをお借りしましょう。
昨年より80点以上の層が増えている(赤色部分)ことがわかります。平均点以下の層(緑色部分)が問題に助けられて、ドーンと底上げされたということです。
生物と比べると、形が逆になっています。「両極端は一致する」の格言通り、難しすぎても、易しすぎても、団子レースとなって差がつかないので、試験としてはいずれも失敗作です。そうしてみると、化学の方が、実力に応じて適切な差がつくような試験としては、まだましであることがわかるでしょう。
上位層がなだらかに散らばっています。この化学で80点以上取れるのが本当の実力者です。
ヘナチョコの背後に大義あり
崇高な理想・どうみても正しいはずの大義を、どこまでも貫こうとすると、現実には望ましくない結果になる、というのは日本の歴史を紐解けばよくあることです。たとえば、徳川幕府を守るために採用した朱子学を貫くと幕府打倒の大義に転化したように。その朱子学を厳守する(商業蔑視と祖法不改)ことで、幕末に数々の不平等条約を結ばざるを得なくなったように・・・等々です。
生物でも指摘したように、「実験と観察→データの解析・処理→推論・議論」という科学的実証精神からは全く正しいあり方を、共通テストでも貫き、「(科学的)思考力を試す」という看板を実行しようとすると、生物では難化しますが、皮肉なことに、物理では易化せざるを得ないのです。
しかも、できれば素材となる事実・事象は、教科書には載ってないような初見のものがよく、必要な知識とヒントを与えることで、初見でもよしとするわけです。つまり、知っているだけで答えが出るような問題(=知識偏重)を極力避けたいのです。
確かに、初年度2020年こそ、「ダイヤモンドのブリリアント・カットと屈折率」という初見+データ解析+法則の適用と推論」という理想を実現できましたが、かなり重たくかつ難しくなってしまいました。物理は、法則が確立しており、それを適用する物理的事象は、すでに入試問題で出し尽くされている感があり、新作を作るのは困難なのです。
もっとも、東大や京大は、そんな中でも毎年、練られた新作を出題してきて、「そうか、その手があったか!!」と感心させてくれ、その後、地方の国立大や私立大がそれに倣って改作した類題を出す、というのが物理入試の歴史です。
それが可能なのは、「東大だから難しくなってもいい」「京大だから、掟破りでも先例になるから許される」からです。しかし、共通テストでそれをやるとブーイングの嵐でしょう。
だから、データから分析できる物理事象に困るのです。これが、ネタがいくらでもある生物との違いです。
この点、化学は生物寄りで、見たことない化学反応や、教科書に載っていない有機物はいくらでもあります。ところが物理では、日常的な事例は法則的には解明し尽くされていますし、かといって初見の物理事象は、最先端にしてハイテクで、数学的にも高度となり、共通テストでは「不適」となってしまうのです。
だから、昨年も今年も、力学的に基礎的なデータから、法則や公式を再検討・再発見するという作りになっています。そして、それ以外の問題は、いかにも見慣れた物理的事実・事象ばかりです。しかも、なぜか数学的処理を大幅にカットするようにしているので、結局標準以下の易問ばかりになってしまうのです。
この「ヘナチョコのマシマシ」を別の言い方にすると、「範囲が広いだけの文系向きの物理基礎まがい」
と言えるでしょう。すると、公式や法則の式を暗記するだけではなく、それらがどうやって導出されたかという基本的なところからしっかりやる、それだけでほぼ計算なしで答えが出ます。・・・でまあ、そのレベルから論理的に書いてあるのが、GHSのテキストである『体系物理・読本』ですが、共通テストの現状はこれでもお釣りがくるくらいです。
したがって、難関国立大・私立医大の物理対策は、これと別立ての本格的な勉強が必要です。物理的事象に対して、物理法則を適用して立式し、これを数学を駆使しして解き切る(しかも往々にして、裏ワザとして微積分でスパッと斬る)という修練です。
これに対して、生物・化学は二次試験対策のみをすればよく、大は小を兼ねる、でよいのですが・・・。
とにかく、物理については、「高邁な理想を掲げ続ける限りは、この呪縛からは逃れられない」というのが運命であり必然であり不可避です。