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[24]共通テスト<6> 物理か生物かという問題
理系であれば、物理・化学か、生物・化学かの選択となるのが99.99%。(物理・生物選択は超レアながらいます。同級生で一人、GHS生で一人・・・)
そもそも、昨今の高校では文理選択が二年生になる前にあって、この時に早くも物理か生物の選択を迫られますから、化学とどちらかになるのです。一貫校や私立ではもっと早いこともあるようです。
昔話ですが、私の出た山口県の県立進学校(まあ長野高校並み…)では、三年生になる時に文系・理系に分かれたので、一年生は地学I・生物I、二年生は化学I、物理Iをやって、三年生で理系は、物理IIなのか、生物IIを決めるという、今から見ればゆったりした時代。文系は、それで理科が一応終了し、共通一次試験に向けて一年間、Iの範囲を復習したのでした。
時は流れて、制度も、教科内の区切りもコロコロと変わり、今や、高校一年生で、理科は〇〇基礎、これで文系は終わり。理系は二年生から物理ないし生物の選択を迫られることになっています。そこから二年かけてやる全範囲が2016年からのセンター試験、そして共通テストの出題範囲となっています。
物理と生物、どちらがいいですか
こういう質問をしてくる人は、要するに「どちらを取ったら有利か」「どちらがよりラクに点が取れるか」という意味を含んでいるものです。
またまた昔話になりますが、私は化学・物理選択です。この件は、『体系物理』テキストのあとがきにも書いたことなのですが、私は迷わず「物理」を選択しました。三年生になる前、当時悩みに悩んで文系志望でしたから、3:1くらいで文系クラスで多くが生物を取る中、少数派でした。その理由は単純。「物理学」という響きに憧れていたからです。物理学こそ、科学の盟主である、という歴史を知っていたからです。要するに、もっと物理を学びたい、という理由です。だからどっちが良いか、なんて他人に相談していません。
・・・それが結局、理系転化、医学部再受験・・・そしてGHSでの体系物理の構築、そして今へと繋がっているのでしょう。
だから、要するに、私の体験談なんて特異なことばかりで、相談者の役には立ちません。こんな青臭い理由で、理科の選択科目を選ぶ、若者は今も昔も多数派であるはずはないからです。
なので、とりあえず「どちらが有利ですか」という質問には、「今年は生物が有利でした」と結果論でしか答えられません。全国平均で、生物73点、物理58点、得点調整しても10点のアドバンテージがあります。さらに、浪人生だけのデータというのがありますが、なんと生物83点、物理は69点にとどまります。
だからと言って、もはや現高1生は、昨年の内に理科の選択が決まっていることでしょう。今更物理から生物に乗り換えることは不可です。もうクラス編成も決まっているでしょうから。
今年の優勝は紅組!!
「えっ、嵐の解散の餞(はなむけ)で白組優勝じゃないの?!」と思った人もいたかもしれませんが、どうも分からんもんです。まあ、どちらが勝とうとどうでもいいことなんですが・・・。しかし、考えるネタにはなります。
物理と生物も、こんな<紅白状態>です。次のグラフを見てください。

例によって、平均点なんでどうでもいいことです。有利・不利を語るなら、85点以上取れるか、叶うなら100点満点取れるか、この点だけが大事です。
物理は、昨年の85点以上の上位層がごそっと減って、逆に生物では倍増どころではないくらい増えたことが明らかです。ということは、前年は、物理が有利だったのですし、その前の年も物理有利でした。
だから、昨年と比べて難化だの易化だと騒ぐのは、<紅白歌合戦の勝敗>を予想したり、喜んだりしているのと変わらない、つまり意味ないということです。来年は来年の風が吹く。選択行動を決める根拠にはなり得ない、ということです。
今年の物理・生物の平均点を比較して「あぁ、生物を選択していてよかった」と安堵した高1,2生、それは< スイート>なのですよ。
生物は地理・政経、物理は日本史・世界史いや、倫理
冒頭の昔話に書いたように、センター試験の生物Iは文系がこぞって選択することもあり、点が取りやすい科目でした。だから、文系の物理選択者は、その不利を承知で物理Iをとっていたわけです。だからそんな物理選択者からしてみると生物選択者を「根性なし」呼ばわりしたり(もちろんジョークで)していました。物理選択者が生物選択者より高い平均点となるのは不可能でしたが、ただ、物理はきっちり勉強すると覚えることが少ないだけに、平均点とは関係なく「満点が取れる」という夢とスリルがあったのです。
そしてまた時が流れ・・・2016年から理科は文系と理系に分割されました。するとどうでしょう。
年度 | B | P | P/B | 点 |
2017 | 77,389 | 155,739 | 2.0 | 63.62 |
2018 | 74,676 | 156,719 | 2.1 | 68.97 |
2019 | 71,567 | 157,196 | 2.2 | 61.36 |
2020 | 67,614 | 156,568 | 2.3 | 62.89 |
2021 | 64,623 | 153,140 | 2.4 | 57.56 |
理系の生物(Biology)選択者がジリ貧なのがわかるでしょう。物理(Physics)選択者数は2倍強、その差は拡大しつつあります。最右欄はセンター試験生物の平均点です。今年と比較して明らかに低い、というだけでなく、だんだんと難しくなってきていたこと、そして高得点が取りにくくなってきていたのです。
だから、共通テストの生物科目の異変は、この状況に対する<緩和措置>というか<大盤振舞い>なのだとも推測されています。生物で高得点が続出したことは、文科省サイドの「生物離れを食い止めたい」そんな願いが反映されているのではないかと勘ぐられても仕方ありません。
実は、生物は難しくしようとすればいくらでもできるのです。生物の新たな知見は毎年毎年、いや日々積み重なっています。生物はまだ発展途上の自然科学分野ですから、医学の発展と並んで、知識はどんどん膨れ上がっています。
我々の時代、免疫機構なんてわかってなかったから当然問題にもならず。ところが利根川博士が1987年にノーベル賞を取ったくらいから免疫学が興隆し、入試にもL鎖・H鎖とかが出るようになりました。DNA・RNAにしても然り、私が当時医学部で「最先端」として教わったことが、入試に出ています。それと相まってウィルス学、古生物学等々、追いかけても追いかけても、追いつかないくらいの知識が増えているのです。生物には、常に、未知のデータ、未知の知識に出会う怖さとストレスがあります。
それは社会でいうと地理に似ています。地理は一度覚えても、毎年データが変わり順位などが入れ替わるし、国名も国境も変わるし、貿易のあり方も政治情勢等で変化しますから、毎年毎年更新しないといけない。それは政治・経済も同様です。
ところが物理の内容は、1900年代初頭で完結しています。物理法則や公式が変わることもありません。未知の法則はあり得ません。地球人が見たことない運動をする物体もありません。その分安心して学べます。ある範囲を学んだら、どんどん深めればいいだけです。これは、すでに確定した事実を学ぶ歴史に似ています。ただ、日本史・世界史は範囲が広すぎますので、むしろ倫理(要するに思想史)に相当するでしょうか。
残念ながら、物理学は、今後そう大きくは発展しないでしょう。否、仮に新たな発見があったとしても高度すぎて早々に入試に降りてくることはありません。
これに対して、生物学そして医学は、まだまだまともな法則の一つも定まっていませんから、どんどんと知識は拡がりを見せ、知見は集積していくのは間違いありません。だから、将来それを担い発展させる研究者の卵、生物学という学問の担い手が減っていくのは、科学的亡国の警鐘がなっていることに等しい・・・それが国家的視点からの深刻な教育問題なのでしょう。(小さくいうと、高校の生物の授業が成り立たず、生物の先生が困る・・・クラス編成が・・・)
共通テストの難易度をいじって生物離れを食い止める、というのはいかにも愚劣で怪しからん発想ですが、でも影響は少なくないですから、ブレーキの一助になるやもしれません。少なくとも、「生物はキリがなくて難しい」「生物選択ではそこそこ取れるが、物理のような高得点は取りにくい」という<悪評>を払拭するためには、少なくともここ数年の難化路線には歯止めがかかるでしょう。でも、今年ような拍子抜けするほどには易しくできないでしょう。
ただ、所詮、共通テスト=一次試験ですから、物理は上に述べた経緯は不変であり、いかに難化しようともしっかりやれば「満点が狙える」というドリームもまた健在です。物理ができるやつは、もっと難しい方が楽しく解けるとさえ言えます。これは、科学としての完成度の差異という本質的な問題ですから、問題の難易度で何とかなるようなことではないので、自ずと限界があります。
だから物理・生物の選択は
だから、「どちらが楽ですか、有利ですか」という問いは ‘futile’ なのです。問い自体が無意味であることを悟るべきです。そして、誰かの意見に従う心のあり方も、本当の高みを目指すならNGです。
どちらの道を進んでも楽な道はなく、それ相当に登り詰めるまでは辛く厳しい試練です。だから、自分が少しでも愉しいと思える方、好きだと思える方を選ぶ事です。好きだからこそ耐えていける、続けられるものですから。
だから、他人の意見など聞くべきではありません。自分の責任で決めるのです。人に決めてもらうと、辛い時に逃げ道になりかねません。苦しい時に人のせいにせず、自分の選んだ道だから歩き切る、それが大事です。
さてさて、今年はどちらが勝ちますか。さすがに白組かな・・・。いや・・・。
[23]共通テスト<5>第二日程ってどうよ
本試・追試と第一日程・第二日程
これまでのセンター試験では、「追試」は不可避のトラブル等による許可制であり、希望しても受けることはできませんでした。だから、追試者は少数で、問題が新聞にデカデカと載ることもなく、出題内容についてのコメントなどもなかったものです。
しかし、今回は、コロナ休校による学業の遅れ等への配慮から、生徒の判断で日程を選べるという前代未聞の試験となりました。しかも、今回からセンター試験改め、「共通テスト」の節目です。
どんな変更があるか、どんな新機軸があるか・・・それを見極めてから第二日程で勝負する=「後出しジャンケン」の方がいいんじゃないか・・・という戦略もありでしょう。だから、私の予想としては半々、少なくとも1/3くらいは第二日程に回るかと思っていたのですが、実際は・・・豈図らんや、
「第2日程を志願したのは718人で、追試に回ったのは1721人。・・・
共通テストは大学入試センター試験の後継として今年初めて実施。コロナ対策で日程が二通り設けられ、16、17日の第1日程は約48万人が受験した。」 [ https://www.jiji.com の記事より]
なんと、第二日程を志望したのは、雪や病欠で止む無く回った人数を合わせても1%をかなり下回りました。
本試・追試と第一日程・第二日程の難易
昔から、追試の方が難しいというのが常識でした。実際の問題も、少しひねくれたもの、やや応用的なもの、解きにくい感じのものは、追試に回され、優等生的・模範的的問題が本試に出るのが相場でした。というのも、受験生だけでなく、全国の高校・塾・予備校の先生たちの評価に晒されるので、なるべく良いもの、無難なものが本試にでるようになっていました。だから、追試はなるべく受けたくない、得点が上がらない・・・・そういうイメージがあったのです。
ゆえに、共通一次からセンター試験を見てきた大人にアドバイスを求めると、「無難に第一日程がいいんじゃない」となるものです。それに加えて、1月末では私立のの入試真っ只中ですから、こんな極端な偏り具合となったのではないでしょうか。
ところが私が昨日、そのフタを開けてみたら、まだ具体的には化学と物理を見ただけですが、第二日程の方が、従来のセンター試験と遜色(いや変わり)なく、どこが共通テストかな・・・と。要するに第一日程より、解きやすい、あるいは丁寧な誘導のある問題が多くを占めています。まあ、昨年までと同じです。
受験者層が違うので、後に出る平均点の比較は意味をなしません。あくまでも推測ですが、同じ受験者層であるなら、こちらの方が高得点者層が厚くなったと思われます。あぁこれなら、第二日程を選んだ方が良かった・・・でもそれは、後の祭り、結果論でしかありません。そんなのが予見できたら苦労はしないです。
まあ、要するに、作る側に立ってみると、「新テストらしさ」を打ち出すために、第一日程の方に、より新機軸、より目新しい感じのする問題が集められたのでしょう。だって、もし第二日程と問題が逆だったら、多くのコメントのように、「あまりセンター試験と変わり映えしない」、「何のための共通テストか」「制度変更の意味があるのか」「思考力だの何だの気張ってみたって、所詮ペーパーテスト、そんなに新しいことができるわけない」等々の辛辣なコメントが寄せられたでしょうから。
しかし、来年度はこんな特別措置は(コロナワクチンが予定通りすすめば)なくなるでしょうから、こんな分析も来年の参考にはならないかなと思います。
ただ一つ言えるとしたら、やはり、そんな新規な問題なんて作れませんよ、ということです。だって、第二日程では、もはやネタ切れの兆候が見えますから。 化学も物理も、他の科目も、範囲のある試験です。その範囲をしっかり深く理解すること、そして二次試験レベルの問題を解ける実力をつけることが肝要であり、それを薄めて解くやすくした「共通テスト」の対策など特別に要らないということです。
そうやって上から見下ろすと、実際、難しい問題、手が付かない問題なんて一つもないのですから。
[22]共通テスト・数学対談-2
GHS数学主任の依田先生との対談の後編です。
高得点を取るという観点から
天野(A):ここまで、全体的な難易度の動向、出題コンセプトの変化について見てきましたが、次に得点分布についてもっと具体的に考えてみたいと思います。
というのも、どこの予備校の分析を見ても、平均点がどうのこうの、科目間格差があれこれ・・・そういう大づかみな話ばかりです。しかし、GHS生が目指す難関・医学部の受験生にとっては、「平均点」なんてどうでもいいことことです。それは、問題を作る側、入試センターの行政的視点であって、受験生にとっては関係ないことです。
この分析シリーズ、最初の[18]に述べたように、「85%以上の得点をとって、上位層の総定員に入ること」という1点にフォーカスすべきです。例によって駿台・ベネッセが提供している得点分布データを見てみましょう。

依田(Y):昨年度(’20)はピークの位置が明らかに低いし、85点以上の高得点者も少なかった。’19と’21は平均点は2点くらいしか下がってないが、上位層は減っているね。昨年は上位層も苦戦したことがわかる。
A: 今年の数1は、’19と’20の間をとった感じですね。数学がデキる層にとって見れば、文章が長かろうが、見かけが日常であろが、数1はやはり数1Aなんで、全く未知の問題なんてないと思って解いてしまうでしょう。
Y:第3問から第5問は選択問題で2問を選択ですが、第5問は図形の性質で、円の位置関係が難しく,選択問題の中では一番難度が高かったと思われます。
第3問は確率,条件付き確率で頻出の内容です.最後の箱を3個から4個に増やしたときの計算は3個の場合のヒントを利用して,各箱での確率を計算すればいいことに気付かないと計算量が多くなってはまってしまいます。
第4問は整数の性質です.「振り返り」で逆回りもあることに気付けば最後まで難なく解けるでしょう。5個の点の最小回数を考えるのも同じことですが,+3とー2の組合せの個数を考えるのがポイントでこれが分からないと大変な計算になります。
A: ショートカット・ポイントに気付くかどうかで得点差がでる。いかにも数学らしい作りですね。ポイントを見逃して、自分で問題を難しくしてしまい遠回りしたり、道に迷ったり・・・。そこを上手く切り抜けるための修練が数学の勉強というものでしょう。公式や計算だけではなく、出題者が散りばめている<隠しヒント>を嗅ぎ分ける嗅覚の養成です。では、数2Bです。

Y: 平均点が20点も上がっていますが、数学2Bとしては以下に解きやすかったかがわかります。満点とった人も相当いることでしょう。
A: 僕らの時代のセンター試験ってこんな感じでした。満点取るのは当たり前、というか、9割以上取れないと恥ずかしいというか、文系・理系共通の二次試験の範囲ですから、それを薄めたような問題はできて当然でしょう、と。二年ほど高得点が取りにくい状況が続きましたが、その反省と反動ですかね。
ただ、理科と違って、皆同じ科目を選択するわけですから、科目間格差、有利不利とか、難易度がどうこうは大した問題ではありません。上位層に入るための境界線が動くというだけですし。
Y: さらにいうと、どんな難しいといっても、やはり、所詮、一次試験ですから、二次試験レベルの実力を鍛えている人からすると、「誤差範囲」でしかないでしょう。必要なのは、こんな感想が出せるくらいに、日頃から二次試験レベルの手強い、厳しい問題に当たって、数学的に登り詰めることです。
第1問〔1〕は三角関数の合成に関する問題ですが,cosで合成することを知らないと(ⅱ)でアウトです。sinで合成してπ/2ずらすこともできますが,勉強してないと対応できません。
〔2〕は双曲線関数の応用で,三角関数と同様にsinhx2-coshx2=1などが成り立ちますが,指数法則から計算ができるかがポイントです。
第2問は微・積分の問題で,面積の計算には面積公式で簡単に対処できます.面積公式で計算するか,積分するかで処理量が大きく変わってきます。グラフの選択はグラフの性質が理解できていれば容易でしょう。y座標の差についても同様のことがいえます。
第4問は数列の問題です.等差数列,等比数列からなる漸化式を条件として,一般項を求める内容で基本事項がマスターできていれば十分に対応できる問題ですが,後半の計算が速く処理できるかがポイントです.
第5問は空間ベクトルの問題です.正12面体上のベクトルの計算をするもので,正5角形の黄金比が内分点のベクトルに関係してきます。この図形の性質が理解できれば難しくはないでしょうが,後半の内積の計算には差がつきそうです.最後の図形の考察は図形が読めれば,図を見るだけで解答できます。
A: もう一回、同じことを言います。問題の見切り、 ショートカット・ポイントに気付くかどうかで得点差がでる。いかにも数学らしい作りですね。ポイントを見逃して、自分で問題を難しくしてしまい遠回りしたり、道に迷ったり・・・。そこを上手く切り抜けるための修練が数学の勉強というものでしょう。公式や計算だけではなく、出題者が散りばめている<隠しヒント>を嗅ぎ分ける嗅覚の養成が必要です。それが数学の問題を解き切る、ということなんですよね。
会話形式について
次の質問ですが、他の科目にもみられますが、会話形式が取り入れられています。たとえば、数学1Aの第1問〔1〕の(3)に会話があります。でも、これなんかは「有理数になる条件を求めよ」という設問にすればいいだけじゃないですか?
Y: うん、数学的にはそれでよくて会話にする意味はないね〜( バッサリ(^ ^)d )
A: 第3問の「条件付き確率」にも対話が入っています。こちらの方は、解き方、考え方の誘導するための設問を会話にしたものですから、方向性・ヒントの与え方としてはこんな会話形式の方が作りやすい面があると感じました。
Y:そこが伝われば、会話形式にする必要はないんだけど、まあ、これもありかなと思います。数学的には、これがあることで思考力とか何とかにプラスするものがあるということはないです。(キッパリ(-.-;)y)
解答時間について
A:変更点の一つとして、試験時間が60分から70分になりましたが、その辺りはいかかですか?
Y:昨年まで永らくセンター試験として60分だったことから大きく変わった点かもしれません、しかし,これによってじっくり考えることができるようになった訳ではなく,問題量もそれなりに増加していてタイムトライアルである面は何も変わっていません。
A: 問題文の文字量が増えて、読む時間が増えた分の配慮というところでしょう。数学的な処理・計算等については変わりないということですね。
では、最後に、何か追加すべきコメントはありますか?
Y:「日常性からの出題」というのは,高校生の学習意欲の低下に対応する処置として,如何に数学が社会に役立っているかを意識させようという意図なのでしょう。しかし、そもそも現代の文明が自然科学の発展に根差していることを考えればその有用性は明らかであって,共通テストでアピールするまでもないでしょう。だから、これは学習意欲をもっている受験生,高度な学問を学ぼうという受験生にとっては、当然のこと。その意味で、その前提で学んでいるGHS生にとっては無用なこと、必要がないことだと言えるでしょう。
A:センター試験や共通テストごときで躓いたり、失点しているようでは、難関・医学部なんていっている場合ではありません。その点は昔も今も変わりません。その時にある二次試験の突破を射程に入れての、それを「薄めたもの」としての共通テスト・・・ただし、これは理数科目に限ることですが・・・・を、通過点として攻略するという姿勢であるべきです。
そして、それとは別立てて、国語、特に古文・漢文や、社会科目が足を引っ張らないように十分な時間をかける、これも今も昔も同じことが言えますね。
本日はどうもありがとうございました。
Y:こちらこそ、色々な話ができて楽しかったです。ありがとうございました。
<了>
[21]共通テスト<4> 数学対談-1
今回は、共通テスト・数学について分析・コメントします。前回に続いてコラボ企画です。数学の依田先生の共通テストについてのコメント文章があるのですが、それを基に私がzoomを使って色々な角度からインタビューしましたので、今回は、<対談>の形で進めていきたいと思います。
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天野(A):ここしばらくは、センター試験の数学の問題を見ていなかったのですが、今回は共通テストに変わる節目ということで、すべての問題に目を通しました。かつての共通一次・センター試験を思い出しながら、お聞きしたいことがフツフツと湧き出てきましたので、よろしくお願いします。
依田(Y):これもzoomのおかげだね。よろしくお願いします。全体的な印象としては昨年よりは易化した。平均点も少し上がっている。
A: そうですね。参考までにここ4年間の平均点を並べてみましょう。
年度 | 21 | 20 | 19 | 18 |
数学1A | 57.7 | 51.9 | 59.7 | 61.9 |
数学2B | 59.9 | 49.0 | 53.2 | 51.1 |
数学合計 | 117.6 | 100.9 | 112.9 | 113.0 |
昔も今も、平均点は6割くらいなんですが、昨年は特に難しかった年で、数学2Bが「センター試験としては超ムズイ」「普通は予備校の模試の方が難しいのに、逆」という感想が聞かれたほどでした。その点では一昨年に比べても今年は易化したと言えますね。
ただ、共通テストの問題を見ていると、センター試験と変わらない部分=「数学のテストははやっぱり数学だな」と、共通テストとしてが新たに目指している部分とが合って、後者の部分は試行錯誤かなと感じる点があり、この部分がどう動くのか、このまま続けていけるのかな?と思いました。
Y:「共通テスト」の新しい出題コンセプトには,<日常性・構想・振り返り>があります。これは日常的なテーマを数学的に捉え、数学的な解析により合理的に処理をする。また,さらにこれを振り返って考えてより高い合理性をもった処理法を考えていくというものです.
今回の共通テストにおいて数学1・Aで出題された二次関数はまさにこの新しい出題傾向にそったもので,<100m走をより速く走るための数学的な分析>です.100m走をストライドとピッチの関数と考えて,ストライドとピッチの積を2次関数ととらえて,数式化し、数学的に処理して、最大値を求めるというものです.
A: まあ、よく頑張って作ったな、という感じです。データを与えて科学的に処理するというのは、理科の各科目にも共通するスタイルですが、数学でもやっているんだなぁ……と。でも、問題文が4頁もありますよ。とは言っても、数学1の範囲だし、所詮は二次関数にして解くだけの話ですよね。「刑事ドラマで、犯人はきっとこいつで最後に捕まる」みたいな結論の見えたストーリーです。昔みたいに、数学1と2を一緒にして120分とか100分で解くとかだとその辺が少しは隠せるのでしょうが、数学1Aって絞られているから、「所詮二次関数が上限」ってことは見えてますし……。
Y: デキる生徒は、そんな風に見切ってサッと解いちゃうんですね。所詮●●だろう、と見下ろして。でも、不器用というか要領が良くないというか、もう一つ数学で伸びないという生徒は、この文章をマジメに読んでいって、結局ワケが分からなくなってしまうということになりがちです。また、このように「日常性を加味した問題」では,会話文の形式にするなど直接数学と関係しない部分を読まなくてはならないため,何の問題なのかをつかむまでに文章を読み解く作業が必要になってきます。長い文章を読み慣れてない人にとっては余計な手間が掛かり、時間的なハンデになったことでしょう。
A: そういう目で見ると、「日常性の」云々ってのは、数学2Bの問題には見られないですね。
Y:そう、数学2Bは、これまでのセンター試験の問題とそんなに違った感じはしない。この範囲での「日常性・・」という問題づくりのは難しいんじゃないかな。
A:医学研究でもデータ分析をやりますが、数式化できるのはせいぜい比例(一次関数)か反比例で、正の相関関係が見えたら<回帰直線>へと近似するくらいです。二次関数にして解析できるデータなんてそうそう現実に転がっていません。その意味で、先ほど「よく作ったな」と言った訳ですが、逆にいうと、このネタが今後も続けられるのかなと危惧しています。作る人も大変でしょうと・・・。まして、数学2Bの範囲はそもそも「日常性」とは馴染まないから、問題として成立するようなものは上手作れないんじゃないでしょうか。
Y: だから、そういう場合は<統計学処理>となるわけです。数学1Aでも、数学2Bでも統計に関わる問題が出ているでしょう。これが、昔々の共通一次・センター試験になかったものです。最近は、統計的データ分析へのシフトがあって、これが現実とを繋ぐ数学的接点となる、そういう意味で「日常性」と言えなくもないい。
A: 医薬系の研究論文にしても、学会発表にしても、統計処理がされていないと認められません。現在は、統計ソフトというのが充実していて、データを入力すると、一発でいろいろな統計処理をパソコンがやってくれるので、なんかカッコがつくんですが、統計学の理解が不十分でソフトに頼っているので、「この統計処理は意味ないよな・・・」というものが気になってしまう・・・話を元に戻しましょう。いずれにしても、統計処理というものがこのような研究や業務の場を反映して、文系・理系問わず各方面で重要視されていることは確かです。京大の経済学部でも今は<理系枠>ってのがあるくらいで、統計学要員ですよ。
Y:今回の共通テストでいうと、数学1A第2問(2)はデータの分析で<箱ひげ図>からヒストグラムを選ぶもので,ヒストグラム上で四分位数などを考えることがポイントですが,まずはデータの最小値,最大値からヒストグラムを絞って考えます.(3)は散布図から相関を読みとりますが,これはデータの分布が読み取り易かった。最後の就業者に関する出題は,一応,「合計すると全体」という記述があるため意図する答えは分かりますが,本来的には1次産業における男女比は圧倒的に男性の方が高いはずであり,現実にそぐわない気がします.
これに対して、数学2B 選択問題の第3問ですが、確率分布・統計ですが、この単元はふつう高校では手が届かないので,選択問題として第3問を選択する人はごく僅かでしょうから,選択問題間の優劣は生じないでしょう。
A:選択問題なので、選ばなくてもよい形にして「統計学に力を入れていますよ」という姿をとりあえず見せておこう・・というような政策的判断があるのでしょうかね。この部分は統計学として大学に進んで研究に関わる時には避けて通れないものになります。どの分野にいっても、二次関数と三次関数などよりダントツの主役です。
<次回へと続く>
[20] 共通テスト<3>理数科目へのコメント・物理
引き続き、物理についてGHSからのコメントを述べましょう。今回は、GHS本部校・物理講師・田川先生との私とのコラボ企画です。
今回の共通テストは、二次試験に通じる勉強をしっかりとしていた生徒にとっては「準備運動」レベルにすぎず、軽くこなせるような内容で、やや拍子抜け・・・の感もあるはずです。今回の共通テスト物理の特徴を一言で言うと、
「(グラフ問題も含む)定性的な問題の増加」
でしょう。具体的データで述べると、2020年のセンター試験では、全20問中6~8問(選択問題によって多少変化あり)が定性的問題であったのに対し、今年の共通テストではなんと全23問中13問が、定性的な問い、つまり法則式・公式を用いての計算をしなくても答えが出る(「右か左か」とか、「保存するかしないか」とか・・・の)問題であったのです。 2020年のセンター試験の時点でもすでに、定性的問題が多くなる傾向があったのですが、今年ついに定性的問題の方が定量的計算問題の数より多くなったのです。
その中身には簡単な問題が定性的に(計算をしないでも)答えられるという「平均点を上げる方向の変化」と、ハイレベル・難問の系統で二次試験で扱うような題材であり、定性的に問うにとどめて、計算を免除する形にしたという「平均点を下げる方向への変化」の二重性があります。その二つが拮抗して結果的に、後者のベクトルがまさった結果、全国では低めの平均点となったのでしょう。
なぜ定性的問題が増えたのか、共通テストの問題製作者が実際何を考えていたのか、本当のところはハッキリとはわかりませんが、おそらく共通テスト全体のテーマである「思考力を問う」ということの物理的展開として「法則・公式を暗記して当てはめるだけではない」=「法則や公式を使う計算より、物理的理解を問う」となり、式を使わないでも解ける定性的問題を増やそうということになったのでしょうか。
ただ、「物体の運動を定性的にイメージする」というのは、物理的思考の一部ででしかありません。法則がしっかりと量として表現でき、定量的に答えが出せていけることこれは外し難い物理的思考の特質のはずです。運動がイメージできているかを問う問題があるのは勿論良いことではあるのですが、「これは計算させてもよいのでは・・・」という問題まで定性問題に仕立て上げられており、半分以上の問題が計算しなくても解けてしまうのは、物理の問題としてはさすがにやりすぎ、逆にいうと物理的には中途半端なので、実力をつけた生徒にとっては物足らない感が残るのではないでしょうか。おそらくこの点について、来年度は反省と調整がなされることでしょう。
さらに言えば、「計算がないから(=定性的考察)が易しくなるか」というそうでもない面があります。定量計算をすればビシッと出るところを、それ無しでイメージだけで考える方が難しいということもあります。その背後の定量計算が見える人にとっては「易しく」、そうでない人には、返って「難問」に見えるものです。
ですから、きちんと物理の実力をつけ、二次試験に向かって実力を養っていたGHS生にとっては、今回の共通テストの問題も「物理的思考全体の中のさわりの部分」として、さしたる難なく答えていけるものであり、実際に現在そのような報告が続々と届いているところです。(文責 田川・天野)
もう下駄を履かせない、ただ薄めるだけ
化学と物理に共通する流れは、教科書レベルの易問、つまり、あまりできない人向けに、平均点を確保するための「センター試験的下駄を履かせ問題」を減らしてきているということです。駿台・ベネッセから提供されている、得点分布グラフをみてみましょう。

https://dn-sundai.benesse.ne.jp/dn/center/doukou/dl/2021-dn-gaikyo-05.pdf
なぜか、物理だけ19,20年の刻みが荒くて凸凹していますが、とりあえず70点付近からの上位層がゴソッとなくなってその分、60点以下の層が増えています。ザクっと補助線を引いてみましょう。

二次試験の記述ハイレベル問題になると今ひとつの実力だが、センター試験的問題形式に助けられて「正解」することができて高得点となる「棚ぼた的高得点者」がいなくなったということです。しっかりと物理的実力を鍛え抜かれた者だけが、85-90点という高得点を確実にとることができる問題となってきているわけです。履かせてもらえる下駄も、シークレットシューズもなくなって、等身大の実力が現れてしまいます。
二次試験の「難問」の系統をしっかりと学んでいると、共通テストでのハイグレード問題は、こういう「難問」を答えやすくしたり、一部を切り取ったりしたものにすぎない、と見抜くことができます。だから、実力をつけた者にとっては「隔靴掻痒」の感を持ちながらも、「あの二次試験問題に比べりゃ楽だよな」なんて思いつつ解けるわけです。
すると、最上位層と、それ以下の差が大きく開くこととなります。
だから、結論は、化学と同じ。「共通テストの独自対策などない」「大は小を兼ねる」「二次は一次を兼ねる」
これは、昔々、東大が独自に一次試験をやって、そこで人数を絞って、記述式の二次試験をやっていたのと同じです。この点は以前のこのブログでも説いておいた通りで、巡り巡って、迷走を重ねて、結局、原点に戻ってきたにすぎません。
ただ、一次試験は、共通テストとしてやり、二次試験は各大学の裁量となる点が違うだけです。
A,B,C問題の様相
難関・医学部志望者にとっては、ここを取らないと目標の9割に到達できない、それがA問題およびBの一部です。私がやってみた手応えを元に、以下のように分類してみました。分類については化学と同様ですので、前回を参照のこと。
A問題: 17点 B問題: 51点 C問題: 32点
人によって難易の印象は幅があると思いますが、これは<体系物理>と<アドバンス>からみた基準です。Bの標準レベルも、B1>B2に二分割してよいかもしれません。すると、C+B2で32+25=57点 つまり平均点位になりますから、まあ妥当な分類ではないでしょうか。ここまでは、どんな学び方でもできるレベルです。
学び方はともあれ、もう少し頑張った人は、B1に食いついて半分も取れれば70点になります。 だからこそ、80-90点取りたければ、学び方を考えねばならないのです。
AとB1の「難しさ」は・・・
分かれ目となるA,B1問題は、どこが「難しい」のでしょうか?上で述べたように、「難問」ではありません。アドバンスレベルで鍛えていれば、「あれを共通テスト的に薄めたやつだな」とわかるのですから。だから、そうでない人にとっては「難しい」のです。
NHK大河ドラマに喩えてみましょう。毎週・毎回、視聴してストーリーを追って観ている(時には復習として再放送も活用して)人がいます。そういう人は、それなりに日本史の知識もあるはずです。それはちょうど<体系物理>を学んでから、<アドバンス演習>をこなして来た人に相当します。
そこから、「総集編」が放送されて、この総集編についてのクイズに答えるとします。本編を観ているからこそ、総集編を観ても人物関係や展開が分かるわけです。しかし、本編を観ていない(あるいは飛び飛びしか観ていない)人にとってはどうでしょう。総集編だけ見てもわからないことがあり、でも、話は次々に展開するので追っていくの大変です。実際、観てても面白くないものです。毎回の積み重ねがあるからこそ、要約されてもその隙間が埋められるから楽しめるのです。
具体的に4つほど
■第3問A ダイヤモンドの全反射の問題です。良い素材であり、物理問題として面白いです。でも、これを出すなら、もっと設問を分岐して、具体的な臨界角値を求めさせたり、グフラの読み取りを誘導したり・・・とそれが二次試験のふつうの形です。だから、タイヤモンドの形(角度や屈折率データ)もキチッと提示して計算をさせるような作りであるべきです。
ところがそういう具体的・定量的な思考がスキップされていて、ただただ定性的に結論を求めています。同レベルの問題をこなしていて、その流れが埋められる人には、この「総集編」を理解することはできます。が、そのレベルにない人にとっては、ストーリーが見えない、どう考え進んでいけばいいかかわからない。だから「難しい」のです。
「難問」を薄めるということは、薄める前を知っている人には易しく、そうでない人には「難しい」という矛盾が両立するわけです。
■第3問B <竜頭蛇尾>的問題です。素材は「原子物理」であり、蛍光灯の仕組みですから、このテーマ自体がそもそも「難」です。コロナ休校のために、急ぎありの形ばかりの、急ぎ足授業で、物理を「強制修了」させられた現役生にとっては、触れた程度で、十分に手が届いていないテーマでしょう。 これなども、しっかりと物理法則を適用してエネルギー保存と運動量保存で定量的に解くのが二次試験での普通のあり方でしょう。もしかすると原題ではそうだったかもしませんが、しかし、それがコロナ休校への配慮なのでしょうか、定性的な選択問題、つまり「骨抜き」問題になっています。このテーマで、この展開と結末はないだろう・・・事前のふれこみの割には、段々と視聴率が下がるドラマのようです。
■最後は問題1の問5です。これは、熱力学の「断熱変化」ですから、ポアソンの式を用いて計算すべきバリバリの<アドバンス>テーマです。<体系物理>テキストでは、ここを射程に入れて、断熱変化についてはその導出まで微分方程式を用いて書いてあります。そんなテーマを、問題1の小問にしています。だから、計算をさせずに、グラフを用いて定性的な考察で答えさせています。だから、具体的な量的比較ができず、かつ、初期値もはっきりしないので、ボアソンを十分に知らない(多くの高校生)人には酷です。(答えは②ですが、①を選んでも部分的がある、と言うのは、やはり疑問が残る作りです。)これは、もっとボリュームを与えて、知識も与えて、しっかり計算させて、結論を導くのがあるべき姿です。喩えていうと、「ドラマの予告編だけ見せて、ドラマの結末を予想させる」ような問題です。
これで「大は小を兼ねる」=「二次は一次を兼ねる」という意味が伝わったでしょうか。だから、一次試験レベルの問題をやるときにも「難しく」解いておくことが必要です。問題の作りに助けられて答えが出せるというのではなく、二次試験がどう薄まったのかを分かって解けることです。
ちなみに、この点から言うと、第2問がもっとも良い出来です。抵抗とコンデンサーのハイブリッド回路で、かつ、初期値と定常値を問うていますから、切り口はB1レベルです。しかし、そのハードルは、回路のイメージ図を選択させる誘導で、クリアできるようにしてあり、しっかりと計算させて数値を答える形にしてあります。
このような<物理的なイメージ> + <定量計算>という物理的思考力を問う問題作りへと反省・シフトして欲しいものです。
<了>
[19] 共通テスト<2>理数科目について・化学
共通テストで何が変わるかという話
<化学>
他科目では、記述式導入や資格試験代替等の「改革案」が色々と問題噴出して大きな変更は見送られました。形式はセンター試験的なマーク式問題のままで「思考力や判断力をみる」という重荷を背負うことになりました。
GHS本部の化学のクラス授業では早々に言っておいたことですが、「高校化学の知見・知識の枠自体は同じなのだから、やるべきことは何ら変わりはしない。」「難化上等、それならばGHS生にますます有利に働くだけ」と。
体系化学の実力をつけた生徒にとって、形式上の変更など何ら関係ないものです。中身である化学的思考に変わりはないのだから、当然のことです。むしろ、それしきで右往左往するのは、学び方が表面的・小手先である証左、つまり、実力がないということを言っているにすぎません。テスト形式が少々変わったくらいで点数が取れない・・・というような言い訳に頼るレベルでは、難関・医学部なんて語る資格はそもそもありません。
翌日、化学と物理を解いて、分析・比較する時間が持てました。まずは、化学について昨年の分析(本部HPブログ参照)について振り返ってから、こちらに戻ってきていただくと良いでしょう。
まずは、度数分布グラフです。前回の、総合点の分布と相関していることがわかります。化学では、60点付近から上の上位層が減った分、それ以下の層が同じくらい増えていることが読み取れます。すると「平均点はあまり変わらないが、難化した」ということになります。実際の平均点は、2021年52.7点、2020年56.9で4点ほどの差にすぎません。ちなみに、2019年に60-80点取れた「ちょっとできる人たち」は2020年には跳ね返され沈み、逆に実力のある上位層はここぞとばかりに点を伸ばしたということです。昨年度はA問題(下記参照)で意味がわかれば答え易いものが多かったからでしょう。

要所を昨年と比較してみます。GHSの『体系化学』によるカリキュラムの視点から設問をグレード分類してみます。
2020 32個の設問 A 32点 : B 13点 : C 55点
2021 29個の設問 A 18点 : B 44点 : C 38点
C問題は、教科書にある知識と基本演習でカバーでき、できる生徒にとっては「秒殺」問題です。「高校課程をしっかりやっていればできる問題を入れる」ということが、1979から始まった「共通一次試験」から「センター試験」へと引き継がれた立ち位置であり、指導要領からの逸脱した問題を排除する、優良な問題を提供する、というのが統一的一次試験導入の基本精神でした。
ところが、上を見ると、どんな勉強のやり方でも(体系的でなくて詰め込みでも)正解を選ぶことが可能なC問題は明らかに減りました。C問題で下駄を履かせて、平均点を60点台に持って行くという政策判断を文科省は引きずってきたのですが、「ゆとりの終焉」の反省(反動?)から、このような基礎部分を切り離して、「基礎学力テスト」とし、「共通テスト」はここから逸脱してもよい、私立の医学部などが入試の代わりに使ってもよいレベルにする、という風に旗を振っています。つまり、「難化」ということですが、それは、元々が易しすぎた訳であり、今回の「共通テスト」は、上位層からすれば、「二次試験を薄めたようなものなので、むしろやり易い部類だ」ということであり、これしきを「難化」」とっているようでは、やはり、難関・医学部受験生たる資格なし、ということです。
B問題:センター試験の過去問に十分に取り組んだ人なら確実にできる問題レベルです。GHSの授業で言えば、ST(スタンダード)にあたります。『体系化学』テキスト、『有機化学』テキストをベースに、定性化学/定量化学演習をこなしたレベルです。いわゆる「標準問題」が増えました。だからBには標準といえどレベルに幅があります。B1>B2に分けてもいいくらいです。だから、そこそこ勉強した場合は、Bの半分くらいは取れて、60-70点というところです。
B,Cの得点を足し算すると、昨年と変わりありません。しかしBが増えた分、「難しく」感じるのです。
でもそれは、薄っぺらな知識と、闇雲な暗記では通用しない、という至極まともな話です。むしろ、それで済んできた今までのセンター試験(特にゆとり時代の)のあり方の方が問題でしょう。ゆとりの時代は、どんな勉強のやり方でも、Aが半分以上、Bも半分取れば70-80は取れるので、そういう問題ばかりやっていると共通テスト対策を軽くみてしまうのです。「まあ、何とかなりそうだ」と。
残りのAランク: 18点分は、二次試験レベルから見れば決して難しいというわけではないのですが、これを迷わず確実に解くためには、二次試験の「難問」を超えて行くための『体系化学AD(アドバンス)』の演習が必要です。算数計算自体は、手間がかからないように配慮されているものの、問題の意味の把握、化学計算式の立式などは、もっと上のレベルの、二次試験レベルのアドバンス問題で鍛えておかねば、正確に読み取り、予定時間内に解くことはできないのです。ここを鍛えて点を上積みしないと、90点越えはできないのが共通テストです。
BとCの境界線をどこに引くのかでCの割合はもっと増えるかもしれません。が、まともな実力があってこそ迷わず解ける問題が20点分はあるということは確かです。得点率9割を目指す難関・医学部志望者にとっては、このC問題の攻略如何が明暗を分けるのです。
思考力・判断力を要する問題が増えた・・・?! このような「分析」が大手予備校から揃ってなされているます。実は、私には、何を言っているか判りません。
初見の化学反応(=教科書には絶対に載っていない反応)や、データを与え、最低限必要な教科書外の知識は与える。これを元にその場で読解・解析して答える。
それは、化学にとって当たり前の<思考力>です。それが<実力>というものです。
だから、<実力・思考力>を要する問題が増えて、「やや難化した」という分析評は????です。基準がおかしいのです。
これは「難化」ではなく、「正常化」というべきではないですか?
Cのような「秒殺問題」を増やし下駄を履かせて、平均点をいい具合にアップ・確保してきた。それがセンター試験の常套手段でした。つまり、歪(イビツ)な問題づくりをしていたのです。そして、もうそんな愚策をもう止めたということでしょう。歓迎すべきです。
さらに、共通テストは「共通」なので、国立だけでなく私立もさらに参入し利用してもらいたいとの願い。そういう意味で、難化した中堅以下私立医大でもそのまま採用しても遜色ない仕上がりになっただけです。
しかも、万人の目に晒されるので、奇問はありえず、ほめてもらえる問題づくりを目指しています。
すなわち、「GHSで学んだことがしっかり活かせる問題づくりです。」というのが私からの評価になります。
二次試験と一次試験の範囲的な境界線がなくなってきています。だから、共通テスト対策・・・なんて講座はいらないのです。二次試験をやり易いように、短時間で解けるように「薄めた」だけですから。
だから、化学の実力をつけるべく、体系的な学びを進めていけば良いだけです。世間が「難しくなった」と言っているのを余所に、もっと先へと歩を進めればよいのです。
ちなみに、「難化」したにも関わらず、昨年から40点ほどアップしてついに9割ごえを果たしたGHS本部生がいます。やはり、共通テスト対策は授業と模試のみ。ひたすら二次試験レベルの記述問題を解いていただけです。前回ブログで示した上位層とは、こういう人たちです。要するに「大は小を兼ねる」、すなわち「二次は一次を兼ねる」ということなのです。
これから難関・医学部を目指そうという人、そういう人の群に入るしか道はありませんよ。そう決意したなら、GHSの門を叩くのも一つの道です。
[18]共通テスト、難化するも平均点変わらず?!
大手予備校からのデータ出揃う
センター試験改め、共通テストの集計結果が大手予備校からも出揃い軒並み「やや難化」との評価です。ところが入試センターも予備校も、結果としては「難化するも平均点は変わらず」とのこと。
受験生も、ご父兄も、「なんだか訳の分からないことを言っているな」と感じるのではないでしょうか。要するに、どう理解すればよい? どう判断して行動すればよい? 一番知りたいのはそこでしょう。
これについては、GHSの本部HPの、村田代表ブログで総括的なコメントがされていますで、まずはこちらをお読みください。
少し補足します。百聞は一見に如かず、次の統計グラフを見てください。駿台・ベネッセの受験サイトで公開されているデータです。

文系とは受験科目が違いますので、総合ではなく、理系のみのデータを見るべきです。着目すべき点に色付けしてみましょう。

すると、昨年の700点以上の層が減って、そのほぼ同じ面積が、700点以下の層に上乗せされた格好になっていることがわかります。だから、「平均点はあまり変わらない」のですが、上位層が減り、下位層が増えていることから「難化」したことが明らかです。(ちなみに、2019→2010へは上位層だけでなく平均点付近から上の得点者が減って30-40点分左へスライドしたことが読み取れ、年々、高得点が取りにくい出題傾向が続いています。)
そんなの関係ない!!
でも、平均点がどうこうなんて、文部行政の問題でしかなく、我々がターゲーットとする受験には何ら関係はありません。このサイトをご覧になっている方の関心事も、難関・医学部がどうなのかという点にあるはずだからです。だから、注目点を変えて加工してみます。

国公立医学部を目指す場合、センター試験では85%の得点率があることが必要条件でした。実際、それだけの得点が取れるということは、二次試験の記述式を突破する学力があることをも意味しますから、「一次試験では点数が足りなかったが、二次試験で何とか逆転だ!!」という風にはいかないものです。一発逆転を期して、背伸び的出願をして、成功した例は「無い」と思ってよいです。だって、みんな二次試験はできる層ですから逆点は困難です。つまり、高得点層は一次試験の成績のまま、順当にスライドし合格するのがふつうだということです。
さて、今回のグラフを見ると、85%=765点付近から上の層が満遍なく減っていることがわかります。これがどの程度の人数なのかは、入試センターの最終集計を待たないとハッキリしませんが、このデータ意味するところが肝心です。
狭き門の幅は?
国公立大・医学部の2020年度の定員は約5500名です。もちろん、成績優秀者が医学部に行くとは限りません。東大・京大等を第一志望とする人もいます。理1が1108人、理2が532人で合計1640人、京大理系が合計約2150名、合わせると3800人ほどです。ただし、東大・京大受験生だからと言って医学部より上だということはなくて、一次試験の得点では、東大・京大よりも難関である医学部もザラであり、また、私の知り合いの医師は「京大の理系(医学部以外)を目指していたけど、一次試験の成績が良かったので、地元の国立医学に行った」というパターンでした。これも少なからず。さらに85%以下で合格した東大・京大生もいることでしょう。もちろん、東北大や阪大などの理系でも高得点者はいるものです。それらを正確に把握するのは困難ですが、その分なども含めて、3800人程度がこの層にいると考えますと、概算では、
3800+5500=9300人
ごくシンプルに考えれば、この中に入ることが、国立医学部合格の必要条件ということができます。
今年、この上位層が減ったということは、単純計算ではグラフの縦線は以下のようにシフトすることが予想されます。

もちろん、個別ケースで見れば、悲喜交々、前後する場合、出願動向によって個々の医学部ではボーダーが上下する場合はあるでしょうが、あくまでも、シンプル考えた場合の試算です。
今年度、国立医学部に行くための必要条件は、最低82-83%の得点があることだ、ということになります。
だから、これから医学部を目指す受験生ならば、まずはこの扉をこじ開ける、できれば悠々と通過できる学力を備えることが最優先目標になります。第一の扉が開かないと、その次へは絶対に行けないのが「医学部」という門なのです。
それをふまえて、次回は、GHS長野校での、指導のメイン科目である理数科目の共通テストについてコメントをしようと思います。さらに、では、そういう学力をつけるにはどういう勉強をすればよいのかについても述べようと思います。
[17] 医学部受験を目指すということの厳しさ
2020年入試結果から
コロナ関連で、書くのがやや遅くなった感はありますが、今年も大学進学教育GHSで学んだ生徒たちが、医学部へと進みました。進学者(水増しのためののべの合格者ではありません)は、国立私立合わせて16名。
新宿本部校在籍者(浪人生)で医学部志望者は、総勢30数名なので約半分は望みが果たせたことになります。無選抜、無差別で、基本申し込み順。高校名とかで入塾を優先させたり、模試の結果次第で割り引いたりということなし。掛け値ナシの合格者です。
残念なことを言えば、現役合格者は1名きりです。信大医学部に進みました。信大へはGHSからは6人目になります。実を言えば、残りの半分は二浪以上での合格です。推薦入試以外の、一般入試での現役合格は、今や至難のこととなってきています。
ここまででも、医学部に進学するということは、どんなに艱難辛苦の道かをわかっていただけるでしょう。恵まれた秀才ではない、ふつうの高校生(つまり、高校の進路指導の先生には、「医学部はムリ、諦めなさい」と言われる人)が医学部を志望した場合の現実の縮図です。
「二浪してでもムリだよ」と言われて、必死になってネット上を探して、ようやくGHSを探しあててきた人もいます。高校時代の勉強量次第では、一年で結果を出す人もいますが、基礎からやり直しとなると、2年はかかるものです。それでもGHSで基礎からやり直さなかったら、何年かかるかわからなかった・・・そういう人ばかりです。
センター試験で必要なレベル
では、具体的なデータで、その大変さを実感していただきましょう。

私立医学部受験のみで、センター試験を受けなかった生徒は除いてあります。今年のセンター試験は、やや難しく、上位層が少なくなりました。得点率90%以上の割合が減り、85%前後が国立医学部が受験できる目安となりました。今年は、数学が特に得点が取れなかったようです。
もちろん、一次と二次の配点比率や、入試科目や、その大学の入試問題との相性、そして本番で実力発揮できたか・・・など、色々な要素がありますので、センター試験の点数だけでは決定的なことは言えないのですが、それでも、レベルの高さと、厳しさは一目瞭然です。こんなに取っていても、進学先がない生徒がいることも見てください。ここまで来たのだから、悔しさをバネに「もう一年」です。
Eの生徒は、国立一筋で頑張って、見事、信大医学部に合格しました。今も昔も、信大は相当以上に難しいわけです。だから、Hの生徒はこれだけとっても、しかも、二次試験の実力はかなりつけていながら、信大医学部には届きませんでした。
Aの生徒は、志望を下げて、想定外の地方の国立医学部を受験しましたが、前期も後期も届きませんでした。でも、理系科目だけ見るとこの中でトップです。あの実力で、どうしてダメだったのか、私としては知りたい限りです。でも、これほどの実力があるからこそ、私立医学部の正規合格を勝ち取りました。実際は、補欠の25番(実質合格してます)から繰り上がった方の私立医学部に進学しました。
私立医学部は、今や、国立大志望者との併願がふつうとなり、このようにしてセンター試験を基準に比較可能になりました。理数系科目だけなら、せめてセンター試験で8割取れないと、私立の医学部には行けないということです。
もし、GHS長野校での面談を希望されるならば、より具体的なお話ができるでしょうが、公開ブログではさすがにここまでです。
医学部への憧れ、医者になる夢、とても結構なことです。でも、淡い夢ならこの現実の壁を突破することはできません。淡い夢でしかないなら、持たない方が賢明です。
GHSには確立した教育メソッドはありますが、それとて、魔法のように夢を叶えることはできません。レースを走るのは、本人です。走りきる根性と、本物の情熱と、楽な方に妥協しないストイックさと、走り続ける体力・気力。そう、スポーツと同じと思ってもらっていいと思います。医学部受験とは、地方予選レベルではなく、全国大会で戦うということです。医学部定員は、1万人にも満たない狭き門です。そこに挑むには、それ相当の覚悟と、支えと、努力が必須です。
でも、スポーツと違って、受験界は、都会と地方とで指導者・コーチの格差が厳然とあります。全国大会や甲子園等で実績のある監督やコーチを招聘することは実際に行われていますが、地方の予備校にいわゆる有名講師は来てくれません。生活の面と報酬の面両方あります。
高いレベルの学力へと導く実力を持つ講師は、地方にはそうそういないものです。10数年前に私が住みついた、愛すべき長野のこの地で、その「支え」になるべく、GHS長野校を立ち上げて、五年目となりました。
[16] オンライン授業が可能にするもの
最速は大学のオンライン授業なり
上の息子が今春大学に進学しました。3月下旬から関西で、一人住まいをしています。大学も住まいも郊外の鄙びた場所なので、コロナのリスクは低く帰省はさせていません。スーパーも近くクックパッドなどで自炊を楽しんでいるようで、時々夕食の写真が送られてきたりします。大学は、簡単なガイダンスのみで入学式ももちろん中止でしたが、GW明けから、オンライン授業がフルで開始されています。
親元には早々に大学から、「連休明けからオンライン授業を開始するので、スマホではなく、通信環境と、できればパソコン準備をしてほしい」との文章での依頼がありました。
借りたアパートはビルトインでWiFiが入っています。新しいアパートってそれが普通みたいですね。しかも幸いにして、昨年9月に、私のパソコンの代替用を購入していたので、それを譲りました。(万が一、壊れると自分の仕事に大きく響くので、いつも、早いうちから待機購入しています)
さすがに、大学は対応が早いですね。3月半ばからの休校の間に、すべてオンラインで授業ができるように切り替えています。聞くところによると、GHS長野校で講師をしてくれている信大医学部生達も、IDとPWが配布され、早々にオンライン授業が開始されたとか。さもありなん、です。
塾と予備校もそれに続く
GHSの新宿本部校でも、オンライン授業が本格稼働しています。
本部は、総数少人数制の予備校なので、フットワークよく切り替えができ、すでに連休前の週から試験的に運用開始。でも、さすがに、2つの教室での同時授業を、オンライン授業に移すことは今はできないので、時間割の半分程度の授業を組んでの運用です。
かく言う私も、例年なら、金土2日間は新宿に赴いて90分授業を7-8コマこなして、土曜日の夜に戻るという生活を長年(長野に住むようになり少なくもと17年は経ちましたか・・息子が二歳でしたから・・)続けてきましたから、週末にずっと長野にいる生活には慣れておらず、むしろ違和感があるくらいですが・・・。
長野校の教室には、ウェブカメラやパソコンスタンド等持ち込んで、本部で受ける生徒および自宅の生徒へとzoomによる配信授業をするようになって、早一ヶ月になります。各種操作、切り替え等にも習熟してきたので、やってみれば、それも大した苦ではありません。
小学生の娘が通う塾でも、最初は手探りながら、zoom授業を開始してくれていて、分散登校授業と併用になってきました。私も、時々そばで聞いていることがあり、まるで授業参観しているような気分にもなれます。
やってみろよ、オンライン
聞くところによると、長野日大校も、オンライン授業を始めるそうで、体育までやるとか。さすがの対応です。まあ、テレビやYoutubeで、一緒にエクササイズを!!とやっているくらいだし、そもそもNHKのテレビ体操という長い伝統もあるのだから、驚きなどはありません。ふつうです。
だから、公立高校も、やってみればいいのですよ。やってみれば、その良いところも、足りないところもわかる。その中で、工夫し、慣れて、もしかすると、新しいものが生まれ、新たな発見があるかもしれない・・・。そう思ってやればいいのに。
娘の通う小学校では、「一日一時間、体育として筋トレや柔軟をやりましょう」という課題を出して、あとは本人任せ、親まかせ。最低限以下だと思います。「教科書の文章を筆写しなさい」という課題に至っては、何をかいわんや・・・です。
公立の小中高の対応の遅さ、機動力のなさ、先取り性のなさが、こんな時だからこそ炙りだされて、際立っています。文科省が大号令を掛けないとか勝手に動けないシステムの中でフリーズしています。
でも、もしかしたら、チャレンジングな教員もいることだろうに惜しいことです。
いいとこあるよ、オンライン
今、オンライン授業やってみて、その可能性を感じています。このコロナ禍が終息し、対面授業が復活しても、オンラインと併用しようと思っています。
1つには、「親御さんによる送迎」という少なからずの負担を軽減できるからです。GHS長野校は、長野駅から歩いて7分程度ですが、やはり、夜の授業帰りや悪天候の時などは送迎をされています。個別指導スタイルが基本ですから、1:1を対面とオンラインでその都度選択できるようにすることを考えています。
「急に送迎できなくなった。今日はオンラインにしてもらって!!」という急な変更にも対応できます。
そういえば、先の台風19号のとき、そもそも移動できず、車でも移動は危険という時でしたから、全面休講にしました。不可抗力です。仕方ありません。でも、そんな時でも、ネットさえ活きていれば、予定通りの授業ができます。
どんな時でも、沢山練習したものが勝ちです、勉強時間を多くとったものが有利です。
それに加えて、私が、オンライン授業をとても気に入っている点は、場所を選ばないことです。
具体的には、金土に本部新宿校でやっていた、私の化学や漢文の授業を、長野校の生徒たちも同時に聴講できるようになったことです。
さすがに、私も身1つなので、長野校の生徒たちに個別で物理や化学の授業を存分にしてあげる時間をとることは今まで中々できませんでした。しかも、生徒の都合で学校行事、試合、大会等で、日曜日は来校できない、時間が合わない、となると授業が2-3週間飛んでしまうことも高校生は少なくありません。そんな時でも、自宅にいて、勉強時間が確保できるようになれば、本当の「両立」ができるようになるのではないでしょうか。
オンラインへようこそ
今、一週間でトータル、8コマ×90分のオンライン授業をやっています。定量化学・定性化学・有機化学の基礎と応用、難関入試用のアドバンス化学、そして、漢文解析と。しかも、新宿に出向かなくてもいいので、金土に詰め込まず、分散しています。
本日、月曜の夜は、長野校の生徒も一緒に、定性化学の授業があります。GHS長野校では、高校二年生から浪人生まで、希望者は無料で自由に参加できるようにしています。(もちろん、他の科目の授業をとっていることが条件です)
長野校の生徒は、教室に来ることもあるし、私が自宅から配信することもあります。オンラインという形なら、万一、私が仕事が長引いても、対応できますし、これまで長年にわたって、やったことのない月曜日に、GHSの授業ができるのです!!
これは、対面授業となった時は、逆転して、新宿から配信中継すればよく、長野校の生徒は同じように体系化学のハイレベル授業を、長野にいながらにして受けることができるでしょう。
<次回に続く>
[15] 高校物理の本当の学び方
まず、結論から書きます。
たとえば、長野高校生ならば、二年生の11月くらいから「体系物理」の指導が可能となります。
それまでは、1,2年生は、「体系化学」の学びを優先してもらっています。
「長野高校では二年生から物理選択となり、授業が始まったら、ついて行けずに困っています」
夏休み前にそんな相談があっても、11月まで待っていただきます。
「ついて行けないというのだから、見てやればいいではないか?」と思われるかもしれません。
しかし、そんなことをしても無理であり、無駄であり、不毛なので、待っていただきます。
その端的な理由は、本ブログ[12]に書いた通りです。
ホンモノの物理を学び、真の実力をつけたいと思ったら、数学とともに学ぶことが必須です。
なぜなら、大学の物理はそうなっているからであり、そういう教官が入試問題を作るからです。
それを高校レベルに薄めて出すのですから、ホンモノの物理のレベルで学んでいると明らかに有利だからです。
これは、物理という科目の特性です。
11月の意味
化学計算は、中学の数学までで十分ですから、立式さえできるようになればよいのです。
しかし、物理は、立式も計算も、数学での、二次関数は言わずもがな、微分積分と三角関数とベクトル、欲を言えば微分方程式を学んで、駆使する形で学ぶと、受験生としては最強の実力となります。
だから、これら数学ツールが揃うのを待っています。
二年生の11月とは、長野高校で、数学3の微積分が一通り終了する時期を示しているのです。
「じゃあ、なぜ、数学ツールが揃わないのに、高校では二年生から物理をやるのか?」
いえいえ、これは文科省がやっていることですから、私どもの関知するところではありません。
まあ、そもそも、数学と物理の連動なんていう発想は、縦割りの文科省行政にあるはずがないからです。
こんな無理を通すとどういうことになるか?
ブログ[12]に書いたように、本格的数学ツールの必要ないところだけ先にやる。
本来の物理の姿を数学的に薄めて、初等数学で説明してごまかす。
放物運動は、二次関数ですから、数学1でなんとかなります。
力学は、微積を巧妙に避けて、つまみ食いのように進みます。
波動は、数学ツールがほとんどいらないので、先にやります。
これが、長野高校の二年の秋までの内容です。
これで、「物理の全体像」なんてわかるわけでないでしょう。
そもそも波動は、実体の運動ではないので、実体の運動を学び終えた後にやらないとわかりません。
しかも、波動とは、力学における単振動の理解がなければ、学んでは行けません。
単振動を理解するには、数学3の微積の習得が必要です。
わかるための待機期間
しっかりとわかりたい人ほど、ついて行けなくなるのは当然です。
何にも悩まず、与えられた知識を次々に覚えられる人は別です。
「わからなくても覚えられる」これも1つの必要な能力です。そのうちに分かればいいからです。
でも、わからないと覚えられなくて、納得していないものは覚えたくない、そういう人もいます。
高校生時分の私がそうでした。だから、とても苦労しました。ずいぶん遠回りをしました。
わかりもしてないのに、「理屈抜きで覚えないとテストで点が取れない」と割り切れる人が羨ましくもありました。
そういう人の方が、要領よく、現役で合格したりします。
それも1つの人生の行き方です。そういう人を秀才と言うのでしょう。
それで、20年経って、高校の同級会で飲んだりすると、そのかつての秀才くんは、
「えっ、君、まだ物理できるの? 教えられるの? すごいねぇ。俺なんか、すっかり忘れちゃったよ」
わからなくてもいいから……と詰め込んだ知識は、やがて跡形もなく消えるのです。
でも、それでも大学に行ければいい、という人はそれでいいのです。
物理の専門家を目指すわけではないのだから、「物理」というゲームで高得点をとればもう忘れていいのです。
だから、GHS長野校には、「わかってから覚えたい」という人だけが来てもらいたいのです。
だけど、わかるためには11月まで待ってもらいます。
コマったちゃん(古いなぁ〜)
実は、「2年生の11月」という長野高校の進度は早い方です。さすが、県下屈指の進学校です。
名指しは避けますが、ある中高一貫校は、もうすぐ三年生になるというこの時期になっても、数3の微積の手前です。
三年生になるので、物理をお願いします、と言われましたが、上記の理由を説明して、無理です、と言いました。
とりあえず、数学を進めるしかありません。
でも、中高一貫校って、中学三年生から、高校の数学1を先取り学習してきたのではないのですか?
一年も遅れてスタートした長野高校に、二年の間に追い越されてしまうなら、先取りの意味が無くないですか?
困ったものです。
「学校の進度とは関係なく、GHSで微積を先にやってください、物理をわかりたいのです」
「大丈夫です。GHSは縦割りではなく、自在に連動しますから」
[14] センター試験改革に思う、当たり前のこと
今年最後のセンター試験??
長野校・主宰の天野です。今年のセンター試験は大した雪もなく無事終わりました。
入試改革と称して、大学入試の新たな共通テストのあり方が世の中を騒がせていますが、色々な記事やコメントを読むにつけ、そもそもの「歴史」を知らない人、当事者でない人が書いているなあ、と思うものが少なからず。
かく言う私は、共通一次世代です。私より、少し年代が上の方は、「一期校・二期校」という大学の分類があり、要するに「一軍・二軍」みたいなランクづけでした。この区別を何とかする意図で「共通一次」と命名されたわけです。共通とは、「一期も二期も共通」という意味です。
すべての大学は、私立も含めて、個々別々に試験を行なっていましたが、1980年代からは少なくとも国公立大学はすべて、この一次試験を受けてから、大学別の二次試験を受けることになりました。
ちなみに、東大だけはその前からずっと、選択式の一次試験と、これで足切りした受験生を対象に記述式の二次試験という形の入試をやっていました。
要するに、この形を全部の国公立大学大学に広げた形であり、そのままでは難しすぎるので、数学や理科などに共通一次用に範囲を狭めたキリキュラムを作りました。
かつ、当時私立大学が採点の手間を省きかつミスやブレを無くすために行なっていた「コンピユーター採点」を取り入れたのです。
共通一次からセンター試験へ
大学入試センターは、共通一次の頃からあったのですが、90年代から「センター試験」と名称を変えました。その理由は、「共通一次がものすごく大変だった」からです。
各科目の範囲を共通一次的に限定してあるということを盾にして、文部省(当時は文科省ではなかった)「共通」ということを押し通し、当初は、何と文系も理系もなく「共通」であることを求めました。
つまり、国・数・英は選択の余地なし。文理共通。
また、理科と社会はそれぞれ二科目ずつ、全部で7科目が必須だったのです。
これは、受験生としてはたまったもんではありません。
そこまで手が届くのは、受験生のうち一握り、東大・京大志望の上位層くらいなものです。(その人たちにしても、大変な負担ですが・・・)
全部で1000点になります。すると、今度は、全国の国公立大学が、同じ基準で図られるので、一期・二期どころではなく、すべての大学・学部学科が、カウントダウンTVみたいに、1位から100位まで順位がつくことになりました。
すると、一部の上位受験者層を除いて、当然ながら、「国公立大学離れ」が始まります。
当初は、実質、「一発勝負」(一期・二期を廃止するのですから、当然です)ですから、共通一次に破れた者の選択肢は私立大学しかありません。そこで受験川柳を1つ。
「私大にも 塩を送った 共通一次」
多くの受験生は、科目も少なく負担の小さい私立大学に流れていきます。
私立大学人気を沸騰させる役割を担い、かつ、大手予備校には、センター試験敗者と、私立大受験者が殺到し、予備校の繁栄をアシストしたのです。
「駿・河・代 謳歌アシスト 共通一次」
さらに当然に、ランクの低めの地方の国立大学が定員割れを起こし、大学自体の存続が危ぶまれる事態となったのです。これも「共通」というところで文部省が押し通そうとしたツケであり、こんなことやる前から十分に予想・指摘されていたことです。
共通一次は、旧制度を打破するという作用は果たしましたが、新たな問題を生んだわけです。そこで、10年やってみた反省から、「共通」という看板を外し、「センター試験」という名称に変わって、30数年続いてきたわけです。
「共通」という看板を外したので、大学ごとに受験必要科目の指定ができるようになりました。また、実質、一発勝負だったのを改め、A日程とB日程に分かれ、さらにC日程とかもできました。要するに色々なパターンができたので、大学・学部・学科のランキング化という問題は、うやむやになり、何となく残る感じになりました。
「一期・二期、言い方変えればA・B日程」
ゆとりの時代のダークネス
残念ながら、それでも国立離れは止められず、2000年代からは、ついにかの悪名高き「ゆとりの時代」を迎えます。
何と、センター試験の負担をさらに減らすために、試験時間を短くして問題数やボリュームを減らしただけでなく、(国数英は以前は90分であったが、80分に削られた)、センター試験の範囲自体を削るということまでやり始めました。
例えば、化学などは、計算問題の多くは範囲外となり、「化学のまともな計算問題が作れない」という嘆きが聞かれるほどに、スカスカになりました。これなら、勉強法とか学び方とか特段に考えなくても、詰め込みでも丸暗記でも何とかなるという、実にロクでもない暗黒時代です。
それに少子化の波が重なりましたから、高望みをしなければ、大学というものには入れる時代となりました。そういう人たちにも何とかそこそこの成績を取らせる問題づくりですから、ご存知のように、受験生の学力は、地の底に落ちてしまいました。
安易な道、楽な道がそこにあれば、多くの者はそちらになびくものです。努力と練習をしないで勝てるスポーツがありますか?人より練習を積んで、強くなるための方法を探求してこそ、栄冠があるのです。そんな当たり前の感覚を「ゆとり」の美名の前に、皆が喪失していたダークネスな時代です。
「学力を 下げてゆとり 消えていく」
脱ゆとりは2013年から
「ゆとり教育は間違いだった」と真面目に反省した文科省。
その辺りから、センター試験の揺り戻しが始まります。要するに「難化」です。
昔のレベルに戻りかつ、理科などは出題範囲が広がったのです。
私は、今のセンター試験は評価しています。特に、次の二点です。
・国語は共通一次からスタイルを変えず、古文・漢文まで共通に課していること
(注:現代文のみ選択もありますが、出願先はかなり制限されます。)
・理科を文系用の理科基礎科目と理系用科目に分けたこと
国語の古文・漢文を選択して、ここでも高得点が取れるかが国立難関大の重要ポイントになります。
理系でも国語ができる生徒の方が、トータルでは学力が伸びるものです。
だからこそ、多くの国立大学は、国語選択は必須なのでしょう。
また、理科は文理を分けたことで、理科の平均点を下げる文系集団に気遣うことなく、理系らしい理科の問題が創作でき、これには限定範囲がありません。
理系は、国立でも私立でも同じ勉強をし、実力をつけることだけに集中できる環境になりました。そのおかげもあり、私立医学もセンター試験枠ができ、成績の良い国立医学部志望者を取り込むのに貢献しています。
「センター入試改革は不要」
今のところ、これが私の見解です。
「国語や数学の一部に記述式導入」という何の意味もない、非現実的な「改革」は、
これまた、やる前から駄目であることが明らかです。
なぜなら、50万人ほどの大量の答案を、短期間に、公平に採点することなどできない、
だから、コンピユーター採点で、客観的にやることで、時間と公平さの問題がクリアできる。
・・・これは1980年代「共通一次試験」が導入されるときに、当の文部省が言っていたことです!!
それを今更、手のひら返しのように、「記述式導入」とは、まさに天に唾する愚行でしょう。後発の受験産業・民間採点業者のビジネス戦略に、政治家が踊らされ、
当然の理として潰された格好です。そもそもが無理なんだから。
センター英語は、このままでいいと思います。
何ということもない、日常レベルの、大した内容も深みもない英文をたくさん読ませて
聞かせるテストは、「語学」としての英語の教育の一定のレベルを示すのに有効です。
英検で言えば準二級〜二級程度です。
もし、大学が認めれば、「英検その他の民間資格試験をセンター英語に代用できる」
として、センター試験英語の受験免除するか、得点の良い方を採用するとかすれば良いだけです。
だから、英語の「科目」としての試験は、せめて、センター試験の国語のレベルの内容のある英語力を問うことであってほしいと思います。GHS長野校の英語指導は、「語学」ではなく「科目」であり、英検二級程度取得が条件としているのはこのためです。
社会は、せめて、文系と理系で、日本史と世界史を分けるべきです。理科でやっているように。そうしないと、理系は、実質、地理と倫理政経の二択しか無くなります。
歴史教育を理系にも普及したいなら、「基礎日本史」「基礎世界史」を作り、細かな知識のとらわれない、歴史の流れを理解していれば解けるような、歴史好き理系を育てる方向に振ってほしいところです。
だから、共通一次がセンター試験となっても、やるべき勉強の中身が特に変わらなかったように、センター試験が共通テストとやらに変わっても、同じです。学ぶべき、知的文化遺産は、過去のものであり、変わることがないからです。
ただ、センター試験の時は、これを狭める枠を作っていじってきましたが、
今後は、その枠が、特に理科ではなくなりますので、本物の実力、何が来ても揺らがない本物の学力を持っていることだけが必要になります。
それこそが、GHSが1993年の開校以来一貫して追求してきた学習メソッドの本分です。
[13]思えば○○したもんだ・岩手医科大のこと
本部のチューター制度
11月中には各教科の高校範囲の再履修もほぼ終了し、志望の大学の過去問演習にも熱が入る頃となった。
GHS本部校の「私立医学部専門コース」では、レギュラーの授業の他に、個別指導的なチューターが生徒の担当者となり、それぞれのニーズとレベルに合わせて指導する。GHSのチューターとなれるのは、
(1)医学部生であること
(2)GHS卒生でGHSのメソッドで開眼したこと
(3)指導するのに適性を持っていること
が必要であり、GHS村田代表が受験期間を通してみた評価のもとに本人にオファーがある。
もちろん、私にも「●●くんは教えるのに向いているかな?」という相談は来るが、評価はまず一致する。
一年通して勉強ぶりを見ていれば適性はわかるものである。
先週のこと、日医大生のY君が、岩手医科大の過去問を指導していて、「解答を読んでもどうにも理解できない、「難問」があるのですが・・・」との相談を受けた。もちろん、高校時代サッカーに打ち込みながら、GHSで浪人して成績を大きく伸ばして日本医科大に合格した人物にして、こう言わしめる問題が出ているということである。
岩手医科大と言えば・・・
おそらく、今医師であり、そして受験生の親である方にとっては昔々のイメージは「岩手医科大」とは、「滑り止めの止め」であり、「医学部としてはもっとも易しいところ」であったはず。
それは、昔々の事実であるから、決して批判でも中傷でもないことは同意いただけるであろう。
地方の、単科大学で、私立医学部といえば、昭和から平成の初期まではみな、そんなものだった。
それが常識だった。右肩上がりの経済、少子化もまだ。国立医学部との棲み分けができていた時代だった。
ところが平成の真ん中くらいから私立医学部は軒並み偏差値が上がり、もはや日本には偏差値50前後で入れる医学部は絶滅したということ、このブログでも何度か述べた通りである。
20年ほど前の東京医科大の入試問題もそうだったが、素直で、捻りもなく、教科書プラスアルファのやりやすい良問ばかりが並んでいた。金沢医科、埼玉医科もそうだったし、東京女子医大もそうだった。
それくらいで十分だったのであろうし(難しいと白紙答案が増えてしまう)それくらいのやりやすい問題であれば、多くの受験生は
「これなら解けそうだ、岩手医科ならなんとか引っかかるかもしれない」と淡い期待を抱きやすく、「とりあえず受験する」というスタイルが10年前くらいまでにはあった。
すると不可解なことが起こった。
大都市圏の私立医学部が難化したために、今まで受験しなかった上の層が受験するようになり、そういう受験生は、90%を超える得点を取ってしまう。超高得点の争いとなるから、ほんの1-2点、小問一つのミスで合否が決まったのではないかと思われる合否が頻発した。
すると「日大や日医大に合格したのに、岩手医科は落ちた」というようなほとんど意味不明の事態がGHSでも毎年のように起きた。
GHSからも少なからず岩手医科に進学した者がいるが、皆、優秀であり、偏差値は当然60を超える。・・・・・・
岩手医大異変の契機?
今回、Y君が持ってきた化学の問題は2016年のもの。
「誰でも解ける易しい問題ばかり」から、「日医大合格生も頭を抱える問題までも」出題するようになったのは、
あることがキッカケであるという受験筋のウワサがある。
それは、「2016年の東北医科薬科大に医学部できてから」という。その因果関係を確かめることは困難だが、否定はできない。実際、東北医科薬科の医学部の入試問題は決して易しくはない。これに連動したとみることもできる。
しかしながら、実際のところ、差がつかない問題を出して、小論や面接で調整して・・・(東京医科大で実際に問題となった件)という曖昧な入試制度から脱したかったのではないか。
実際、以前にはいなかったほどの優秀な学生が毎年入ってきている。ならば、
「キチンと学力を見分けることのできる、難易取り混ぜた問題セットを作ろうとしている」
と思って良いと思う。
実際の問題
当の問題は、「有機化学の人工高分子の計算問題」である。
そもそも、人工高分子の問題自体が、多くの受験生の手の届かない領域である。その計算問題はさらに手付かずの受験生も多い。しかも、
「二種類のビニルモノマーを共重合させた樹脂をスルホン化した時の
質量変化から、スルホン化率%を求める」
という問題である。
ハイレベルの一部の受験生を除き、問題の意味さえわからないだろう。
高分子についての確かな知識が前提で、かつ、化学計算の実力が必要である。だから、赤本の解答者(おそらく委託を受けた高校教師)は、大変な苦労をして、数学的に三元連立方程式で解いている。10数行に渡る解答は確かに読むのさえイヤになる。
日医大の学生が、「解答を読んでもわからない」と嘆くのも仕方ない。しかし、これは東大入試に出すと良いくらいの「難問」にして良問である。早速、有機化学アドバンス演習の問題候補にリストアップした次第である。
もっとも、「体系化学」の化学計算メソッドからすれば、立式は、たった一行で済む。
「あー、そうですね、これで一発ですね。未熟者でした、勉強になりました・・」とY君。
体系化学計算の実力はお墨付きだが、初見の人工高分子化合物を正確にイメージして式化して分かりやすく教えるは、まだちと修練が必要であろう。化学計算に「難問」など存在しない。解答者の実力不足を、「難問」という評価でもみ消しているだけである。
伝えたいこと
そこで、是非にここから読み取っていただきたいことは、二つ。
・中堅以下の私立医学部の過去問は、5年以上遡ってやってはならない。
意味がない。難易度がそれ以前とは雲泥の差だから。参考にならない。
・高校の進路指導の先生が
「君、偏差値的には岩手医科大ならなんとかなるのでは・・・」といったら、その甘言を信用してはならない。
それは過去の幻想に囚われているだけ。情報が更新されていないだけ。やるべきことは、偏差値も問題の難易度もほぼ横線一線となった医学部への対策は、ただひたすら、「まともな、本物の実力をつけること」以外にはないと知るべし。
岩手医科大も難化したものである
[12] 無理を通せば物理引っ込む 中高一貫校の今昔-3-
GHS長野校・主宰の天野です。
本ブログ[2],[3]に続いて、中高一貫校の現状の問題を取り上げます。
中高一貫校のカリキュラム上の特色は第一に、「高校内容の先取り学習」です。
高校入試がない分、中学三年の内から高校の内容を先取りして、高校二年生で高校の内容を修了して、高校三年の一年は入試レベルの受験勉強に使うことができる—これが、中高一貫校の謳い文句です。そうなれば理想です。
そうであれば、GHS長野校なんてなくていいのです。
しかし、[2]で指摘した通り、これが内実を伴って意味があり可能なのは、それに耐えうる学力を備えた生徒である、というのが大前提です。
灘や開成等の有名私立では、そもそも偏差値が70超の生徒が集うのですから、これくらいの「大食い」や「早食い」で丁度良いのであり、通常カリキュラムでチンタラやっていると生徒たちが持て余すのです。
早く先を知ることが楽しく、次々に知的な刺激があるのが嬉しいのです。だから、「そうでない生徒」に対して同じことをやろうとすると、ひどい消化不良・食べ残しが発生し、難行苦行か、完全に置いてけぼりをくらうかになるのです。
今回は、これを科目別の視点から説いてみましょう。
まず、英語と数学はセーフ
これは「そうでない生徒」に対してもそんなに問題ありません。
なぜなら、英語はこの段階では「語学」であり、語学レベルなら、中学生でも英検準二級くらいは取れるからです。帰国子女なら小学六年生や中一で二級が取れるのですから、その程度の内容の英文でしかありません。そもそも、あくまでも実用英語検定ですから。
数学についても、数学Iの式の計算や二次方程式・二次関数レベルですから、これは中学三年生でやっても構わない内容ですし、数学自体が学習年齢をあまり問わない性質を持っていますので、先取りは普通の生徒でも可能なのです。確率なども中学と高校で大きな溝はありません。
その意味で、数学が長野の中高一貫校で先取りが行われていることは当然のことですし、それに合わせて長野校でも指導しているので、支障はあまりないと言ってよいのです。むしろどんどんやって構いません。
「可」なのはここまでです。とはいえ、「普通の生徒」だと、英語か数学、どちらかについていくのが精一杯となるものです。
物理は完全アウト できる訳がないのに無理をすると……
中学の理科と、高校の物理や化学との間には大きな溝があります。
第一が、「定性と定量」の違い。定量とは要するに「計算問題」です。
特に化学の計算問題は、『体系化学』に示したように、molを中心に、系統的に積み上げていかないと、計算は苦手で「全然出来ない」となります。毎年、そうやって作られ高校から放り出された「化学計算難民」がGHSにやってきます。なんでこんな簡単な計算さえ・・と思うくらいの状態で卒業させられてきます。
ヒドいもんです。
でも、化学はまだマシです。定性的知識の割合が多いので、こちらを優先していれば中三や高一でもなんとかなるのです。
第二は、数学レベルの違いですが、化学は、基本的には四則演算と一次方程式で済みますから、数学的にはさして問題ありません。ただ、化学計算を体系的に教えるメソッドがGHS以外には存在しないので、ここから壁に当たります。これは高校生全てに当てはまることです。
大問題は、物理の方です。
物理は、ほとんどが「定量」です。要するに計算問題ばかりです。しかも、数学のメインツールは普通高校二年生で学ぶ微分・積分と三角関数です。これ無しでは、本当の物理が学べません。
すると、どうするか?数学Iや三角比までの不十分な数学の知識で、説明可能な部分を飛び飛びに、つまみ食いしながら教えるのです。それでは知識がつながらず、物理の姿が見えず、雑学的なモザイク的な知識になります。
それで、「科学の盟主たる物理学」の入試レベルの学びができる訳がありません。
結果、「物理が全くわからない」となるか「モザクイ的な知識を詰め込んでは忘れる」ということになります。
後者は、校内のテストではなんとかなりますが、単なる「内弁慶」であり、難関・医学部入試レベルから言えば笑止千万の、低レベルな・全く歯が立たない・役立たない知識が積み上がるにすぎません。
すると親御さんからは「うちの子は物理の成績がすごく悪くて・・・」と。
心配いりません。
学校内でのできる出来ないは、入試で要求される実力からすると、五十歩百歩、誤差範囲にしか過ぎません。
いざ本当の入試問題に立ち向かって、手も足も出ず、愕然とするのみです。「今まで学んできた物理ってなんだったの?」と。数学との連動も考えず、物理の体系的な学びのカリキュラムもないのに、「先取り」して早く終わらせることしか考えていない物理の先取り学習は、有害無益でしかありません。
本当の物理の学びは、数学で微積と三角関数を学ぶ、二年生の後半からで十分間に合います。長野高校の塾生にはそのように指導して、二年生の二学期から指導しています。
ヨリ詳しくかつ具体的には、体系物理テキストをリンクしておきますので、そのイントロ部分を熟読してください。
[11] 〇〇ありてこそ・二題
GHS長野校・主宰の天野です。
私は、高校時代まで、山口県の下関で過ごしました。(安倍晋三の選挙区です)
だから一応、長州人です。地元で最も敬愛されている人物の1人である(安倍さんは入りませんね)
吉田松陰の「講孟余話」にこんな一節があります。(ちなみに、地元人は「松陰先生」と呼ぶ)
「妄りに人の師となるべからず。又妄りに人を師とすべからず。
必ず真に教ふべきことありて師となり、真に学ぶべきことありて師とすべし。」
とあります。言葉を置き換えれば色々と学ぶことができます。
「体系的に教える」メソッドありて
大学進学教育GHSは、高校では教えてもらえない、他では教えられない学習メソッドを
1993年の開校以来、一貫して追究して来ました。
その一端は、本部のHPに「テキスト公開(リンク)」のベージで一般公開されています。
HPやパンフレット等で、「驚異の伸び」「抜群の合格率」「体系的指導」・・言葉だけなら尤もらしいことを
いくらでも書けます。だったら証拠を見せろ!! 「そうだ、金さんを出せ」となるのは必定ですが、
それは付いていないのがふつうです。
GHSでは、せめて「頭をよくする体系的教育」の具体的なあり方を、これらのテキストを通して伝えたくて、
惜しげも無く、ほとんどのページを公開しています。公開しても簡単にパクったり真似たりできないものだし、
それはまた、わかる人が読めば、その本質的な違いがわかるからです。
実際、ご父兄の方で、テキストを熟読され、「ぜひうちの息子に・・」とおっしゃっていただけること少なからず。
とても嬉しいことです。そういう「共鳴」があってこそ、その後の「信頼」と「伸び」につながるからです。
もちろん、ご本人が、その若さにも関わらずGHSの本質を感じ取って来られると最高であり、
指導によって高校の進路指導の先生には信じがたい驚異の伸びを果たすことは、
この他のブログの記事で紹介している通りです。
少人数しか指導できないので、「共鳴」できる人、その可能性を持った方をこそ待っているのです。
真に試す中身ありて
最近は、自分の高校の中で色々な模試を受けられるようになりました。
私の高校時分の地方の県立高校では、(ちょうど長野高校のような進学校でしたが)
予備校の模試はまだ高校に入り込めてなくて、提携予備校まで行かないと受けさせてもらえず、
校内でやったのは旺文社模試とか学研模試とか、教材配給者と結託したとしか思えないマイナーな模試を
いやいや仕方なく受けさせられていました。だから、受験者層も偏り、判定なんて何の参考にもならず、
三年生になると、背に腹は変えられず、関門海峡を越えてわざわざ博多まで駿台模試を受けに行ったものです。
河合塾の京大オープンは、どこかの私立大学を遠くまで足を運んで借りてやってました。
ところが今は、少子化・浪人生の減少もあり、予備校の方が浪人生の「青田刈り」のためでしょう、
高校にすり寄っているようです。高校は公立私立問わずそのビジネスモデルに取り込まれています。
進路指導セミナーと称して、休日には予備校の講師や職員が受験情報を提供するサービスさえやっています。
何が言いたいかというと、あれこれと模試をやりすぎ・模試の受けすぎです。
河合塾と駿台とベネッセ等の全てに高校側がいい顔すると、生徒はいくつもいくつも模試を受けねばなりません。
しかも、その費用は「諸費用」で引き落としされ、出席するのが当然のこと・・という旨の指導があります。
休日に何しようと自由なのに、出席が義務化しているのが実情です。公立高校で、これはダメでしょう?
受けなくても模試代は返却されません。これはホントはマズいことでしょう。
でも担任の先生も中間管理職ですから、「受けるのは自由だよ」という本音は言えません。
試すべきことありて、模試を受けるべし
大した実力もついていないのに、全国レベルの模試を受けるなど何の意味もありません。
模試を受けると力がつく、なんてことはありません。跳ね返されるだけです。
スポーツの例でいうと、地方の大会の一回戦で勝てるかどうかでやっているレベルで、
全国大会に出るようなものです。野球ならめった打ち、即コールド負けです。
でも、模試というのは「受験資格」が必要ありませんから、試すべき何もない生徒も受験できます。
そこには何の意味もありません。手も足も出ない模試なんて時間の無駄でしかありません。
模試の主催者は数が多いほど儲かるというだけの構造です。
そんなことで土日を潰すくらいなら、模試で試すべき実力をつけるべく刻苦勉励すべきです。
「試合」をどんどんやれば上手くなるというのは、あるレベルを超えてからでしょう?
でも高校教師は助かっています。テストもその分析も受験情報も、また浪人先も予備校が丸抱えしてくれるのですから。
こんなおかしなことになっているのに、それが「当たり前」だと生徒も保護者も高校教師も思うようになってしまっています。
<続>