受験勉強が割切りの世界であることについて

前々回述べた.

割切ることが有用であったから

人間は物事を割切って捉えたのであり,

それは必要なことなのである.

ただ,割切ることの意味をしっかり分かっていないと

人間が割切っているのだという出発点を忘れてしまったり,

すべてが割り切れると思い込む頭を創ってしまうことにもなる.

今,愛国心教育が問題になっているが,

その是非以上に,愛国心を数字で表そうという発想が気になる.

愛国心「2」のような成績がついてくる日も近いのだろうか.

しかし,これは笑えない現実である.

受験勉強を間違って指導されると,

数値化できないものまで平気で数値化しようという発想に

違和感を持てなくなるのである.

こうした発想をする行政のえらい人たちは

受験の成績の良かった人たちだということを想起してみる必要がある.