先週の新聞記事に
大学全入がうわさされる今
一方で浪人生が少しずつ増えているという報道があった。
この現実を私はどちらかと言うと歓迎したいと思う。
大学に現役で入るのが良いのか
浪人で入るのが良いのか、
決まった答えなどあるはずがない。
どちらにも利点と欠点がある。
ただ、ある程度豊かになった現代日本で
情報が簡単に手に入り、
それだけに、ややもすると取り込む情報は量だけが多く、質が薄い。
要は、若い頭脳が〝深く考える〟という実践期間を持たなくなっている
今の日本社会全体への問題意識がある。
人間は困難を抱えないと深く考えることをしない。
人間は楽で幸せであるのが良いが
〝先憂後楽〟の言葉があるように
悩み、考察し、迷い、再考し、
場合によっては絶望し、挫折し・・・
の過程の後にはじめて展望が少しずつ顔を出してくるものである。
われわれ人間が向き合っている世界はそれほど複雑で奥深い。
一筋縄ではいかない。
だから若いうちに深い知力、広い教養、重厚な洞察力を養う機会を持たなければならない。
これは生きていくうえで必須なのである。
もしかするとこれからたいへんな混迷の時代を迎えることになるかもしれない今の若者たちは
私たちの世代よりももっとしっかりとした知性を磨かなければならないのかもしれない。
今の高校はそういう場になっているだろうか。
入試問題で点を取ることだけに目を向けた機械的で薄いアタマの働きを創っていないだろうか。
今創るべき知性は共通テストで高得点を取ることとは何の接点もない。
若者が養うべき知性の中身とは何なのか。
旬報『ORION』は昭和の世界からそれを問いかけてくれるような気がするのである。
