羽田から浜松町行きのモノレールに乗ったときのことである。
途中の駅からインバウンドの乗客がどやどやと乗り込んでくる。
東アジア系の乗客がキャリーケースを所定の場所にデンと置くと
我先にと空いている席(幸い私から遠く離れた席)に座るや話し始める。
後から大きなキャリーケースを二つ抱えて入ってきたアメリカ人の若者が、
まだ空いていた荷物スペースに一つを収めると
もう一つを車両の揺れで動かないように支えながら立っていた。
車内は比較的すいているが皆が適度な間隔をおいて座っていて、
間に座れないこともないのだが、なんとなく割って入りにくいのか
屈強な体格の男だから、別に立っていることに苦はないということもあろうが、
一人だけ座れずにいる状態。
私はすぐ近くの4人掛けのボックス席に一人で座っていた。
その席は向かい合って二人ずつ座れるのだが、
片方のソファだけが「優先席」でシートの色が他と違っている。
私は向かい側に座っていたからその「優先席」には誰も座っていない。
どうも一人だけ立っている彼が気になって
私が「優先席」に移動して(私も年齢的には「優先席」に座る資格があることだし…)、
彼の方を見つめると目が合った。
向かい側のガランと空いた二人分の席を指さして座るよう勧めると
躊躇なく、キャリーケースを無理やり荷物スペースに押し込んで
私の向かいに座ってきた。
「どこから来たの?」
「アメリカです。」
「ボクハ、スコシニホンゴシャベレマス」
シーンとした日本の電車の車内で和やかなやりとりが始まった。
ラーメンが大好きだという。東京でお目当てのラーメン屋があるそうで、
いかにも楽しみで仕方がないという様子。
そんなやり取りをしていると、
身体より大きなキャリーケースを抱えるようにして反対側に座っていた華奢な若いアジア系の女性が
私たちの会話に加わってきた。
フィンランドを6日間旅してきたという。
よほど楽しかったにちがいない。
お互いに旅の思い出話をしたくてしょうがないのであろう。
私が「隣においでよ」と手招きすると嬉しそうに移動してきた。
また会話が弾んで、近くの乗客もほほえましそうに私たちを見るともなく見ている。
この女性は韓国人かなあと私は思っていたのだが
念のため
「Are you Japanese?」と尋ねると
「そうです。私は純粋な日本人です。埼玉です。」と思いっきり日本語が返ってきたのもまた楽しからずや、である。
私は今は海外旅行とは無縁な生活になってしまったが
学生時代にリュックサック一つ背負って40日間ヨーロッパを一人旅したことがある。
二人の旅行者の若い高揚を心地よく浴びながら、その時のことを思い出していた。
会話の途中でアメリカ人の若者が席を立ったかと思うと
自分のキャリーケースからお菓子が2,3個入った小さなビニル袋を二つ持って戻ってくると
私たち二人に「これはアメリカのお菓子です。」と手渡す。
おそらくこういう時のためにあらかじめ小分けにしたお菓子を持ち歩いているのだろう。
以前にもアメリカ人にこういう経験をしたことがあり
旅先で誰かと懇意になることをあらかじめ想定しているということであり
旅とはそういうものであることを良く知っているのだと思う。
今の日本人にはないアメリカ人の良き心根である。
アメリカという国を私はあまり好きではないが
アメリカ人の良さというのは少なからずあるように思う。
もちろんお互いさまではあろうが、
今の日本人は公共の場でもまるで自分しかいないような振る舞いが多いように思える。
他人への配慮や気遣いが全くない行動を見る機会が増えている。
日本から外に出てみれば、
周りを気遣わざるを得ない場面ばかりでたくさんのことを学ばざるを得なくなる。
今の日本人の内向きさ加減と自分中心の行動とは、同じ根っこを持っているとも言えるのではないか。
旅の興奮の中でいたって健康的な日米の二人の若者と遭遇して
そんなことを思ったしだいである。
