いつの世も、時代の変わり目は浮き足立つものである。

価値観が多少なりとも変動すると、大人たちの軸足が定まらない。

ついこの間まで、総中流社会と安心していたら、

今度は格差社会だ、勝ち組みだ、負け組みだと、踊らされる。

勢い、大人たちは浮き足立って、かわいい我が子の進路について

やれ、医学部だの、資格の取れる学部だの、

英会話だの、コンピューターだの、と落ち着かない。

もはや、完全な死語であろうが、

「末は博士か、大臣か」という言葉があった。

その直接的な内容はさておき、

この言葉には、社会や国の役に立つ人物に…という意識があった。

どうも今の世相にはそれがない。

その分、出てくる結論が浅薄で、刹那的である。

また10年もして価値観が変われば、総入替えになりそうな危なっかしさである。

人間性や社会性といった、

時代がどう変わろうと微動だにしない本質的な点に対する理解にしっかりと軸足を置いて,

我が子に、あるいは自分に

どういう実力を付けさせるか、付けるかを考えてはどうだろうか。

そうすればもう少し見えてくるものがあると思うのだが・・・。