人間、それぞれの分野で一流を目指さなければ意味がない。
一流には一流の深い内実がある。
それを味わうことが人生の醍醐味である。
受験生は競争の世界にいるわけであるから、
一流を目指して頑張っているといってよい。
であれば、当然受験生を指導する講師・教師も
一流を目指さなければならないのは理の当然であろう。
しかし、意外に教師が三流というケースが少なくないのである。
生徒に努力を求めながら自分は努力していない場合が少なくない。
教師が一流かどうかを見分けるのは簡単である。
「この先生についていこう」
という思いを生徒に抱かせられるか否か、それだけである。
三流の教師は今も十年前と同じ授業をする。
自分自身が向上する努力をせずして
生徒を伸ばすことはできないであろう。
こういう教師に限って責任を生徒に転嫁するものである。
「生徒が勉強してませんね」
これが三流教師の常套句である。
生徒が勉強しないのは教師に愛情のオーラがないからである。
生徒の目を輝かせるのは教師の力量である。
教師は教師道を追及していかなければならない。
自戒する毎日である。