ことを進めていく上では、必ず迷いが生じるものである。

順調に行っていても

「もしかしたら・・・」と不要な迷いを頭に浮かべる人もいれば

何かしらスムーズにいかないことが起これば

「このままで大丈夫だろうか」

「間違った道を歩んでいるのではなかろうか」と

不安が頭をもたげ

さらには頭を満たしてしまうということが起こりがちである。

これは致し方ないことであろう。

問題は相談を受けたほうがどう対応するかである。

一見正しそうで間違った対応になりがちなのが『同情』型である。

「なるほどそうだね、わかるわかる・・」という対応は

時としてよい場合もあるが、実は根本で当人の足を引っ張る場合がある。

もう少し我慢して持続すれば壁を突破できるものを

そこで「同情」してしまうと折角のステップアップの機会を奪ってしまう。

残念ながらこのタイプは親御さんに多い。

子ども可愛さが、頑張らせないという裏目に出るのである。

最近はこのタイプの親が多い。

現代は受験の内容にまで親が立ち入ろうとする。

親がそこそこの学歴を持っているだけに

立ち入ってくるのである。

高学歴の親が

子育てに苦戦している現実が

週刊誌で話題になったりしている。

もとより、週刊誌の記事を鵜呑みにするつもりはないが

一理あることは間違いない。

少々の壁であっても

そこを乗り越えるべく後押しするのが親なのであるが

「同情」して易しさへと導く。

折角の躍進を親が削いでしまうのである。

昔の親は学歴がなかった。

しかし、人生の何たるかを理解する偏差値は

今よりきわめて高かったのだとつくづく思う。

お盆は墓前にそれを語り

感謝と敬意を表してこようと思っている。