共通テストの出願が締め切られ、いよいよ大学入試が実感として感じられる季節になってきた。
若者たちが自分の将来に向かって競い合う場が入試である。
何より競争、向上心というものが活気を生む。
スポーツでもそうであろう。
だが、今の日本は全体として活気がない。
それが一番の問題ではないか。
私が学生時代にヨーロッパを40日間リュックサックを背負って気ままな旅をしたとき
旅程の最後の方でイギリスはウェールズのある町で当時50代の紳士と話し込む機会があった。
そのときヨーロッパを回ってきての感想を聞かれ、
「落ち着いたとてもいい雰囲気ではありますが、活気がないと感じました。」と答えたことを覚えている。
今やその言葉がそのまま日本に当てはまる。
高齢化社会であるからそれは構造的に仕方がない面があるが、
その分若者たちには失敗を恐れて丸く収まるのではなく、
上を目指してチャレンジしてほしいと思う。
しかし大学入試でも、最近は現役で入ろうとする傾向が強くなっている。
なぜだろうと思う。
大学入試は何度でも目標を目指して再チャレンジできる制度なのに・・・、と。
医師になりたい若者が1,2回の挑戦の失敗で他学部に妥協して入っていくなどあってはならないことではないか。
本当に医師になりたいならば。
そんなに簡単に夢をあきらめてよいのか。「若いのだぞ、君たちは!」と言いたくなる。
大人たちももっと再チャレンジを応援する風潮を創ってほしいものである。
日本の経済が衰退の一方なのに対して、アメリカが上昇し続けているのは、
アメリカには再チャレンジの精神と制度とが整っているからである。
日本も社会人の「リスキリング」を制度化しようという流れが出てきた。
そうした制度が実効性を持つためには社会の雰囲気の醸成が必須である。
向上の意欲を善しとする価値観の横溢が必要である。
本当に夢をもって自分を向上させていこうとしている若者たちに
本物の学びの場を与え、競争によって上昇していくすばらしさを味わわせることが
本人の将来のためになるのはもちろんのこと
社会を発展させる最大の原動力になるはずである。
そういう意味で大学入試というのはチャレンジの場であり 続けなければならないと思う。
チャレンジの場でチャレンジしない風潮こそ本人にも社会にも不幸である。
目標を下げることなかれ。
若者は夢に向かって何度でも挑む心をこそ持ち続けるべきである。
そういう固い意志でこれからの大学受験に望んでほしいと願う。